三途の川のあれこれ。

人間は死んだらどうなるのでしょう?
誰もがどうなるのかなあ~、と思っていることです。

まず、知っておくのは今生かされている世界の名称。
喜怒哀楽四苦八苦愛別離苦などなど呼吸していられる世界、
ようするに生かされている世界を〔現世〕といいます。

死んであの世に行く世界が〔来世〕。

人が死んで四十九日という期間は、
死んだもののあの世〔来世〕の行き先を決める裁判にかかる日にちとされてます。

この四十九日の期間が〔冥土の旅〕とよばれ、
冥土の旅は死んだものが冥土へ旅立つ起点となる山々から始まるといわれてます。
死んだら冥土の旅は山脈の連なったところから始まるわけです。
この山々は〔死出の山〕といわれてます。

死出の山道はとても険しく、距離は800里、周囲は真っ暗で星の輝きはごくごくわずか、
無明に近い中を死んだ人はとぼとぼと一人で歩いていくのです。

死んだ者はこの道を一人で七日間歩き、初めての裁判を受けます。
この裁きを受けた後、いよいよ〔三途の川〕を渡るわけです。

さて、渡ろうかとふと見れば、大勢の子供たちが泣き喚きながら、
小石を高く積み上げています。

〔三途の川〕の河原では大勢の子供達が泣き泣き小石を積み重ね。
高い塔を造ろうと、必死に小石を積みかせねますが、
塔が高く積みあがったとたん、鬼がドカドカっとやってきて塔を蹴散らし壊してしまいます。

子供たちは鬼が来るたび泣き喚き逃げ惑い、鬼が去るとそして再び塔を作り始めます。
繰り返し繰り返し塔を造っては壊され、壊されてはまた塔を築く。
果てしが無い三途の川の川原での子供たちの石積みの姿。

石を積み上げるのは布施の姿。
幼くして死んでしまった子供たちは仏法を学ぶこともできずに、
冥界へ戻ってしまった懺悔の念から石積みをする。

親より先に死んでしまった子供たち。
彼らに非がなくとも、仏教では親より先に逝った命は重罪だといわれています。
親を泣かせ、悲しませた子供たちは三途の川を渡してもらえないのです。

親の身勝手で中絶された子供たちも、罪がないと思われるかもしれませんが、
ほかの子供たちと同じように賽の河原で積んでは壊され、
壊されてはまた積み上げて、という作業を泣き泣き必死にしているのです。

親より先に死んだ子供たちは三途の川の賽の河原でいつ果てるとも知れない石積みをし、
鬼が現れては脅かされ、泣きながら悲しみながらそれでも石積みを繰り返す…。

三途の川の渡し賃は六文といわれています。
お棺の中に六文銭をいれます。これは昔からある風習です。

三途の川も渡る深さが違うといわれています。
この世での罪の深さで渡る深さも深くなる。

そして、三途の川の向こうには衣領樹(えりょうじゅ)という大きい樹があり、
その下には鬼婆と鬼爺がいて、三途の川の渡し賃を持たないものは、
そこで鬼婆が衣服を剥ぎ取り、鬼爺が衣領樹(えりょうじゅ)の枝に衣服をかける。

衣服をかけると衣領樹(えりょうじゅ)の枝は垂れ下がります。
娑婆世界に犯した罪の重さによって、枝の垂れ方が違う、といわれています。
そして、その枝の垂れ方が娑婆世界の行い(罪)を現し、
四十九日までの裁きに影響すると言われてます。

人がなくなって五七日(35日)は閻魔大王が裁くといわれています。
弁護人はお地蔵様。

人が死んで三途の川を渡りきるまでのお話です。

三途の川のこちら側の岸、つまり、私たちが生かされている側が此岸(しがん)。
三途の川の向こう側の岸を彼岸(ひがん)といいます。

人が死んだらどういう旅をするか、三途の川のお話です。合掌

http://nisou.com/






ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 32

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)
かわいい かわいい

この記事へのコメント