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help リーダーに追加 RSS 撥遣(はっけん)お精魂抜き。

<<   作成日時 : 2006/10/22 18:27   >>

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古くなった仏壇や、修復を必要になった仏像、又は掛け軸、墓石、などを
修復、又は処分するときなどに、魂抜きとかお精魂抜きをましょうと、いわれ、
“何のこと?”と思われる方が多いと思います。

私も修行時代に魂を抜いたり入れたりするなんて、と思っていましたが、
多くの撥遣や開眼に携わって、その大事さを知るようになりました。
また、相談の中にも“神棚を祀るのが悪いからといわれたので、ごみに出しちゃったら、
それから、よくないことが起きて…。”という方がいて、
その方のダッチロール人生を4年がかりで軌道修正しました。

神棚も仏壇も昔からあるからおいてあるのでなく、おいてあるには意味があるのですが、
その意味が“ただ、昔からあるから。”と、とらえられているのは残念なことです。
神棚は神様のいらっしゃるところ。清らかな魂が宿っているところです。
仏壇はご本尊様がいて、ご先祖様やその他の仏様がいらっしゃるところ。
新しくお迎えするときには魂入れ(開眼)をし、神様仏様に来ていただく儀式ですよ、と
お師匠様から教えていただきました。

ですから、古くなった仏壇や、神棚、仏像、掛け軸などを処分(お炊き上げ)するときには、
いったん、お帰りになっていただくのです。と、教えていただきました。
「本性の本宮に奏送し。」神様仏様がいらっしゃたところにいったんお帰り願って、
開眼したときにまた、お呼びするわけです。

私の修行の場合、密教の作法もありましたので、
印を組み、真言を覚えるのに一苦労しましたが、
師となってくださった先生が、流れの中で仏様をお呼びして、お帰り願う“心”を、
しっかりと指導してくださったことはありがたいことでした。

なにしろ、目に見えない世界のことですから、
実感する、体感するのは修行段階で、できることではありません。
仏様をお呼びする。お帰り願う。
形ではとらえても体感するのは中々容易なことではありませんでした。

撥遣や開眼の重要さを実感体感するようになったのは、数多くの撥遣開眼を行って、
魂が入った、抜けたとわかることができるようになってからです。
また、それの実際を知る方法もあって、
目に見えない世界をおろそかにはできないなあ〜、と思っています。

ただ、そういうことに関しまして、“祟る。”とか、“障る。”とか、
いわれるのはどうしたものかと思いますがー。
古くなった仏壇や神棚、そのた仏神事に関するもは、お寺様や神社などに相談され、
鄭重に処分されますことが、心もすっきりするものかと存じます。
見えない世界は脅しの世界であってはならないと思います。
いままで使わせていただいた御礼を込めて、
丁寧にお返し申し上げる、気持ちを持ちたいですね。尼僧.com

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