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尼僧 道陽ブログ  
ブログ紹介
日光を拠点として、庶民の味方の寺つくりを目指している尼僧です。寺院再復興を願いながら、高百不動等泉寺と共に活動しています。

【宗派】三井本流佛心宗
【祖師】智証大師(円珍)
【所属】宗教法人両願寺
【信条】「心に寺を建てよう。上求菩提 下化衆生。 みんなの為のお寺をつくろう。」
【活動内容】☆葬儀・戒名・永代供養・仏事・墓等の相談。☆水子供養 ☆疳の虫 ☆日光遍路(来年度から)☆投扇興 ☆一日尼僧入門(プチ尼僧体験)☆僧・尼僧入門(僧侶希望の方相談どうぞ。)

【庵】 月光山洗心庵  http://nisou.com/
        
 〒3231−1264 栃木県日光市瀬尾2943
 TEL 0288−21−7338 FAX 0288−21−8373

【お手伝いしている寺】高百不動等泉寺 http://nisou.com/tousenji/
 
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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【勢至菩薩】

2009/11/17 21:55
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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【勢至菩薩】




勢至菩薩様は十二支の守り仏では午年生まれの方をお守りしています。

観音様というと、みんなが知っている仏様ですが、勢至菩薩様は十二支守り本尊仏としてのイメージしかみなさまに無いようです。

亡き人を西方浄土世界へお導きになる阿弥陀如来如来様の脇仏として、観音菩薩様と勢至菩薩様は大切なお役目を担っています。

まず、「菩薩」という言葉は、梵語でボーサーといいます。
これは道を求めて努力する人。道というのは如来になるための覚りを目指す道を言います。

飽きることなく、ひたすらこつこつと、黙々と一生懸命、精一杯働く人、そして、一隅を照らす人を意味しています。



勢至菩薩様は梵語でのお名前が、「マハスタマプラープタ」。
大勢至菩薩、得大勢至菩薩、大精進菩薩と和名では言われています。

勢至菩薩様は頭の上に宝冠をかぶり、その宝冠の中に宝瓶があります。
宝瓶の中には、もろもろの智慧の光明を盛り、大神力をもって十方の世界に行きに紫金色に照らして、一切の生きとし、生けるものを悪趣=三悪道(地獄、餓鬼、畜生道)から救いあげます。
そして、ご両親(勢至菩薩)のご遺骨を納めて、広く仏事の相を現し、ご先祖様の供養の模範を示されている仏様です。(観世音菩薩往生淨土本経)


勢至菩薩様は、ご自身の願いに精進しながら、阿弥陀如来様の両脇におられ(侍して)、阿弥陀如来様の誓願(衆生救済の四十八願)を、阿弥陀如来様の傍らで観音菩薩様と共に扶(たす)けられているのです。

阿弥陀如来様よりも飛び出すことも無く、助手として、地道にサポートをする観音様と勢至菩薩様は兄弟であるとも言われています。
実母は阿弥陀如来様と説かれています。



一周忌に勢至菩薩様をお祀りして亡き人をご供養するのは、再び三悪道へ戻らないように、との願いを込めた祈りです。

善い心(善心)をたゆまず黙々と一生懸命働く人となるように、ご自身の経験を通して悩み苦しむ人々を救っていく姿、それは、「人々のために尽くすことによって自分たちも救われる。」ということを、勢至菩薩様がお悟りになった実行心なのです。


勢至菩薩ご真言   オン サンゼンゼンサク ソワカ (天台読み)


合掌



【十三仏】

不動明王 初七日(7日目・6日後) http://tousenji.at.webry.info/200909/article_3.html
釈迦如来 二七日(14日目・13日後)http://tousenji.at.webry.info/200909/article_4.html
文殊菩薩 三七日(21日目・20日後)http://tousenji.at.webry.info/200909/article_7.html
普賢菩薩 四七日(28日目・27日後) http://tousenji.at.webry.info/200909/article_8.html
地蔵菩薩 五七日(35日目・34日後)http://tousenji.at.webry.info/200909/article_10.html
弥勒菩薩 六七日(42日目・41日後)http://tousenji.at.webry.info/200910/article_1.html
薬師如来 七七日(49日目・48日後)http://tousenji.at.webry.info/200910/article_6.html
観音菩薩 百か日(100日目・99日後)http://tousenji.at.webry.info/200911/article_5.html
勢至菩薩 一周忌(2年目・1年後)
阿弥陀如来 三回忌(3年目・2年後)
阿閦(しゅく)如来  七回忌(7年目・6年後)
大日如来 十三回忌(13年目・12年後)
虚空蔵菩薩 三十三回忌(33年目・32年後)


三悪道はこちらをご覧下さい。 → http://tousenji.at.webry.info/200911/article_4.html



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「疳の虫封じ寺」
高百不動等泉寺&月光山洗心庵

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栃木県日光市瀬尾3228
電話 0288−21−7338


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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【観音菩薩】

2009/11/17 16:29
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十三仏。人間が肉体というエネルギーを消滅し(死)、魂というエネルギーがあの世の世界で次に生まれ変わる為の修行を行なう時間として、33年間という長い時間がかかる。

その33年間の修行期間を13の仏様が、仏の法の元に、次に生まれ変わる為の魂の修行を導いていく。

初七日の不動明王の導きからはじまり、33回忌の虚空蔵菩薩まで、修行する魂と、その修行を応援する現世に残された親族一族の供養を簡単にいうなれば、回忌(かいき)供養、または回忌回向といいます。


さて、死者が七日を区切りとして他所に生まれ変わるために、残された方々が功徳を積む七七日(四十九日忌)が過ぎ、百か日忌となります。

この百か日忌を卒哭忌(そっこくき)ともいいます。

哭は大声で泣く。卒は終わりの意味です。

誰もが愛するものを失って悲嘆にくれて大声で泣かずには入られませんが、大声で泣くことを卒業することを意味します。

残された家族がいつまでも嘆き悲しんで、なんにも手につかず苦しんでいると、亡き人(死者の霊魂)の悲しみもどんどん深くなり、重荷となって修行の旅へ旅立てなくなります。

亡き人に重荷とならないで安心して、喜んでもらうには、いつまでも悲しんで大声で泣き叫ぶよりも、日常の生活に平穏さを取り戻し、残されたものたちが日常を穏やかに過ごせる姿を見せてあげることが、亡き人の霊魂が安心して、次の修行に旅立てる応援となるのです。

観音様は観自在菩薩ともいわれ、世の中のすべてのものの声と音とを聞き取られ(どのように小さな声も、どのように小さな音であっても。)、慈悲と救いの手を差し伸べられています。

覚りの力で、自由自在な境地を得られ、多くの生きとし生けるものが、苦しみや悲しみや、悩みに沈んだ時に、観音様の御名(み名)を唱えれば、慈悲の手を示されてくださいます。

観音様はこの娑婆世界、現実の世界で、あらゆる全ての人々の為に、それぞれの人と場合にあったお姿をあらわして、一人一人さとりに導いてくださいます。

観音様の慈悲の力はとても広大で、私たちに観音様は常に身近にいますという、安堵感安心感を与えて下るものなのです。

ですから、観音様は施無畏者ともいい、施無畏者とは、衆生(人々の)恐れを取り去ってくれる仏の呼び名でもあります。

その施無畏者である観世音菩薩様が百か日の導きの仏となり、現世に残されたものの畏れや悲しみを日常の中で救い上げ、死者の魂が未練なく修行できるように見守っていてくださるのです。

我が身を捨てて私たちを覚りに目覚めさせてくださる観音菩薩様。

百か日忌は、いつまでも悲しみに沈まず、日々の畏れなく過ごすことを残された者たちにお教えくださり、死者の魂が安心して次の修行へいけるようにという供養であるのです。


観音様のご真言は、「おん あろりきゃ そわか」


みんなみんな幸せになりますように。

合掌




【十三仏】

不動明王 初七日(7日目・6日後)
釈迦如来 二七日(14日目・13日後)
文殊菩薩 三七日(21日目・20日後)
普賢菩薩 四七日(28日目・27日後)
地蔵菩薩 五七日(35日目・34日後)
弥勒菩薩 六七日(42日目・41日後)
薬師如来 七七日(49日目・48日後)
観音菩薩 百か日(100日目・99日後)
勢至菩薩 一周忌(2年目・1年後)
阿弥陀如来 三回忌(3年目・2年後)
阿閦如来  七回忌(7年目・6年後)
大日如来 十三回忌(13年目・12年後)
虚空蔵菩薩 三十三回忌(33年目・32年後)





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悪趣(あくしゅ)【仏教用語のお勉強(あ)】 (心に寺を建てようから転載)

2009/11/16 10:28
悪趣(あくしゅ)【仏教用語のお勉強(あ)】


仏教に関することばは難しいものがあります。



知ってみるとなるほどなあ〜、となりますが。



少しずつこつこつと記事に加えて参ります。



記事が多いから〜、お叱りをうけますでしょうが、お好きな記事をお読みくださいませ。m(_ _)m



では、では「悪趣」。



悪趣とは、簡単にいえば「三悪道(さんあくどう)」です。
三悪道は地獄道、餓鬼道、畜生道をいいます。

帰依式のときの十善戒を守ることを佛並びに、戒師に誓願する儀式がありますが、その述べる中に(一部抜粋)「もしこの戒(十善戒)を受れば、漸次無上の菩提を必ず得べし。もし毀犯(きぼん)せばその者身壊(しんかい)し、命終して三悪道(さんなくどう)に堕せん。この故に毀重(きちょう)の誠心を発し起こしめ三宝に帰依し、十戒を敬って受けよ。」、そして、願従今身盡未来際…以下省略…となり、「よく保や否や!」という問いかけに「よく保つ」と答えるのです。


『もしこの戒(十善戒)を受れば、漸次無上の菩提を必ず得べし。し毀犯(きぼん)せばその者身壊(しんかい)し、命終して三悪道(さんなくどう)に堕せん。』

十善戒を受けて無上の菩提を得たにしても、もし、これを犯すようなことがあれば、その者身体を壊し、命終わった後、三悪道(餓鬼、畜生、地獄)へ堕ちる。ということを述べてます。


【悪趣】=三悪道。
1、 悪いところ。悪業の結果として衆生が行かねばならないところの意。
悪業の結果として受ける生存の状態。苦しみの生存。
行為の報いを受けて生まれる迷いの世界。
悪道ともいう。
地獄、餓鬼、畜生を三悪趣という。

これに修羅を加えて四悪趣。
三悪趣に人間、天上を加えて五悪趣。五道ともいう。
五悪趣に修羅の加わったものを六道といい、人間はこの六道を輪廻するともいう。

これを現実世界に当てはめると
地獄(瞋恚、怒り)。餓鬼(貪欲)、畜生(癡、愚かさ)、修羅(争い)、人間・天上(喜悦)となる。
(参照:仏教後大辞典)


三悪趣は三悪道であり、それは地獄(瞋恚、怒り)。餓鬼(貪欲)、畜生(癡、愚かさ)に迷うことである。

現実世界でいま、どこに在るかを思えば、自らを省みる(懺悔)が必要になってくる。


「意」心(頭の中、想い、念、意識など)でつくる悪。

「貪欲(とんよく)…欲、むさぼり。自分だけ。」 (餓鬼道)
「瞋恚(しんい)…怒り。かっとなりやすい。キレやすい。」(地獄道)  
「愚痴(ぐち)…愚痴。いつも自分だけを嘆く。」(畜生道)


これらの三悪趣に陥らないように、私たちはみ仏様の教え(仏教、仏法)を心して聴き、自分の所業を毎日反省(懺悔)して暮らすように精進して参りましょう。

合掌   



「疳の虫封じ寺」
高百不動等泉寺&月光山洗心庵

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【何故、懺悔が必要なのか。】(心に寺を建てようブログから転載)

2009/11/11 09:02

【何故、懺悔が必要なのか。】

各宗派や新興宗教といわれている宗教であっても、勤行集には必ず、一番初めに懺悔文があります。



我昔所造諸悪業 皆由無始貧瞋癡 
従身語意之所生 一切我今皆懺悔
(がしゃくしょぞうしょあくごう かいゆむしとんじんち 
じゅうしんごいししょしょう いっさいがこんかいさんげ)

(我昔より造るところの諸々の悪業は皆、無始の貧瞋癡(とんじんち)による
身語意より生じるところなり一切を我れ今、皆懺悔し奉る)。




「我昔より」→命となって生まれる以前のそのまた前、何度も生まれ変わってきた昔から。


「造るところの諸々の悪業」→「眼耳鼻舌身意」でつくられてきた悪いこと。


「皆、無始の貧瞋癡(とんじんち)による」→みんなみんな知ることの無かった貧瞋癡(とんじんち)=貪欲(とんよく)…欲、むさぼり。自分だけのことしか考えない。 
瞋恚(しんい)…怒り。かっとなりやすい。キレやすい。ムカつきやすい。疑う。攻撃する。排他的。 
愚痴(ぐち)…愚痴。いつも自分だけを嘆く。マイナスイメージばかり考える。

 
「身語意より生じるところなり」→これらの諸悪業(貧瞋癡(とんじんち)といわれる三悪業(みっつの悪い業=因(カルマ)を招くのは、身語意=眼耳鼻舌身意であります。


*「眼耳鼻舌身意」こちらを参照されてください。眼耳鼻舌身意の修行↓
http://blogs.yahoo.co.jp/douyou894/56750346.html


「一切を我れ今、皆懺悔し奉る。」→私はいま、ここにすべての諸悪業を私を受け入れてくれるみ仏様にお話し、自らが気づかずに犯してしまった悪いことをお詫びいたします。反省いたします。




懺悔文は一回唱えたから懺悔文は唱えなくてよいかというと、人間は身(身体)、口(言葉)、意(思い)=眼耳鼻舌身意がありますから、毎日毎日塵のように諸々の諸悪行は造ってしまいます。

自分は絶対にそれは無い。または、つくりたくない、絶対綺麗、絶対純粋、絶対潔癖でありたいと思っていても、人間の眼耳鼻舌身意を持っている限り、三悪業はなくなるものであありません。

他人の三悪業は目に付きやすく、他がつくる諸悪業を批難中傷攻撃してしまうのが人間の癖でもあります。

ですが、他を見るよりも、自らの日常生み出してしまっている諸悪業に気づき、毎日の日課として懺悔文を唱え、自分と対峙することによって、苦しみの紐が解き放たれみ仏様のご加護を自らの身口意によって覚れるのです。

み仏様のご加護は自らの諸悪業に気づき、気づいたことを感謝し始めた時に、それぞれが感じられることであって、懺悔文を唱えるという実践によって得られることであり、それには懺悔文の意味を知ることも大切です。


経文は短い経文であっても深い意味が秘められています。

例時作法にある衆罪伽陀も六根の懺悔を示しています。

六根とは眼耳鼻舌身意のことです。

「衆罪如霜露  恵日能消除 是故応至心  懺悔六情根」
(しゅざいにょそうろ えにしのしょうじょう ぜこおうししん さんげろくじょうこん)


この短い文章の中に、み仏様に向って自らのそして衆生の六根の悪業を懺悔する気持ちが込められているのです。



ですから、より良く生きるには、初めに「懺悔」あり。

そして、次に感謝の気持ちを念ずるという繰り返しで日々、努力を積み重ねていける人になっていけば、自らが作り出す暗闇の中から抜け出ることができるのです。

その努力をどのように行なうか、導いてくださるのが如来様、菩薩様、明王様、天部様、そして神々であります。


人間は哀しいかな、身口意(眼耳鼻舌身意)がある限り毎日塵芥の三悪業の罪作りをしています。

それらを自分の内でコンクリートや強力な要塞にしないために懺悔文があり、懺悔文を心をこめて唱えることによって、積もりに積もった塵芥の眼耳鼻舌身意を少しでも消滅させる努力を行う人になれるかどうかで、いま、生かされている仕合せが実感できるのではないでしょうか。




良い人生を歩まれてください。



合掌







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眼耳鼻舌身意の修行 (心に寺を建てようブログより転載)

2009/11/10 22:11


般若心経の文中にもあるが「眼耳鼻舌身意」は、私たちが環境という現実の中で一番活躍する器官と(五器官=五感)と一意識(心と称することもある。)。



眼で見る。耳で聞く。鼻で臭いを嗅ぐ。舌で味わい舌があるからおしゃべりが出来る。(舌は口の中にあるので舌を口といいけてもいる=身口意というように。)。身=身体が動きいろんな行動を行なう。



そして、意という思い(想い)が働く。




この五器官と一意識の動きようで私たちは生かされている。



良いものを見る。悪いものを見る。(眼)
良い音や言葉を聞く。悪い音や言葉を聞く。
良い香りを嗅ぐ。悪い臭いを嗅ぐ。
よい動きをする。悪い動きをする。
よい事を思う。悪いことを思う。



これらは他人事でなく自分ごと。



この自分が持っている五感と一意識の中で人間は、苦しみ悩み悶え悲観してしまう事態に陥ることがある。




般若心経の中に書きあらわされている「眼耳鼻舌身意」が実は私たち人間がよりよく生きていく為のヒントとなる。



日常の中であるから当たり前のものだから、気がつかない。



そこのところを六根清浄大祓いは的確に示してくれている。






 
目に諸(もろもろ)の不浄を見て心に諸(もろもろ)の不浄を不見(みず)

耳に諸(もろもろ)の不浄を聞きて心に諸(もろもろ)の不浄を不聞(きかず)

鼻に諸(もろもろ)の不浄を嗅ぎて心に諸(もろもろ)の不浄を不嗅(かがず)

口に諸(もろもろ)の不浄を言いて心に諸(もろもろ)の不浄を不言(いわず)

身に諸(もろもろ)の不浄を觸(ふれ)て心に諸(もろもろ)の不浄を不觸(ふれず)

意(こころに)諸(もろもろ)の不浄を思いて心に諸(もろもろ)の不浄を不想(おもわず)




「目に諸(もろもろ)の不浄を見て心に諸(もろもろ)の不浄を不見(みず)」



これは現実世界に生きていれば、汚濁はあり、汚いところが見えてくる。
だが、見えたにしても、それを「心」に見るな。
つまり見ても心に受け止めるな、となる。
受け止めなければ、悩みや苦しみの元にはならない。



次の「耳に諸(もろもろ)の不浄を聞きて心に諸(もろもろ)の不浄を不聞(きかず)」



これは現実世界に生きていれば、汚濁はあり、汚い言葉や嫌な音やが聞こえてくる。
だが、聞こえたにしても、それを「心」に聞くな。
つまり聞いても心に受け止めるな、となる。
受け止めなければ、悩みや苦しみの元にはならない。



「鼻に諸(もろもろ)の不浄を嗅ぎて心に諸(もろもろ)の不浄を不嗅(かがず)」



臭いも然り。




「身に諸(もろもろ)の不浄を觸(ふれ)て心に諸(もろもろ)の不浄を不觸(ふれず)」にいたっては、生かされているこの世では、身体があってこその空間であるから、様々な不浄(汚れ、穢れ)に触れないわけには生活してはいけない。
触れる世界に生活しているのだから、それは仕方の無いことであってそれを心の中へどっぷりと持ち込むな、となる。




心の中に五器官=五感「眼耳鼻舌身」で受けた諸々の汚れや穢れを受け入れてしまうから、悩みが生じ、苦しみが湧き、悲嘆が生じる。




以上については誰でもなるほどと、理解できることだと思う。



「眼耳鼻舌身意」の中の「意」。



「意(こころに)諸(もろもろ)の不浄を思いて心に諸(もろもろ)の不浄を不想(おもわず)」。




「意(こころに)諸(もろもろ)の不浄を思いて。」は人間は考える、思うということを行なえる。



仏教の言葉に「十悪業」というものがある。
この十悪業は『「意」心(頭の中、想い、念、意識など)でつくる悪。』。『口(言葉)で造る悪』
『「身」体で造る悪。』と、三つに分類される。



十悪業の中の『「意」心(頭の中、想い、念、意識など)でつくる悪。』が、「意(こころに)諸(もろもろ)の不浄を思いて。」に通じている。



心に諸々の不浄とは三悪業(貧瞋痴=トンジンチ)であり、この三悪業を生じてしまうから、我欲や確執や執着や妄想を思い、自分で自分の首を絞めるという事態が生じてしまう。




三悪業(貧瞋痴=トンジンチ)の意味は下記のようになる。



「貪欲(とんよく)…欲、むさぼり。自分だけのことしか考えない。」 
「瞋恚(しんい)…怒り。かっとなりやすい。キレやすい。ムカつきやすい。」  
「愚痴(ぐち)…愚痴。いつも自分だけを嘆く。」  






「意(こころに)諸(もろもろ)の不浄を思いて。」我欲や確執や執着や妄想を思ったにしても、『心に諸(もろもろ)の不浄を不想(おもわず)』魂の器となる心には不浄を思わないようにする。
と、いうことではないかと考える。




人間は不浄の中に生まれ、不浄の中に生かされている。
この不浄の中にあっても不浄にもみくちゃにならない自分となることを、六根清浄祓いや般若心経は示しているのではなかろうか。




心の中に受け止めない。



簡単に言えばこういうことなのだろうと、考える。




受け止める自分があるから、受け止めない自分になるように、『懺悔』 する。



そして気づかせてくれた諸々の事象に『感謝』する。




眼耳鼻舌身意の修行は懺悔心と感謝心からはじまります。









合掌







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六根清浄大祓(ろっこんしょうじょうのおおはらい)

2009/11/05 08:04
【六根清浄大祓】

天照皇太神(あまてらしますすめおおがみ)の宣(のたまわ)く人は則(すなわち)天下(あめがした)の神物(みたまもの)なり。

須掌静謐心(すべからくしづまることをつかさどるこころ)は則(すなわち)神明(かみとかみ)との本主(もとのあるじ)たり。

莫令心神是故(わがたましいをいたましむることこのゆえに)

目に諸(もろもろ)の不浄を見て心に諸(もろもろ)の不浄を不見(みず)

耳に諸(もろもろ)の不浄を聞きて心に諸(もろもろ)の不浄を不聞(きかず)

鼻に諸(もろもろ)の不浄を嗅ぎて心に諸(もろもろ)の不浄を不嗅(かがず)

口に諸(もろもろ)の不浄を言いて心に諸(もろもろ)の不浄を不言(いわず)

身に諸(もろもろ)の不浄を觸(ふれ)て心に諸(もろもろ)の不浄を不觸(ふれず)

意(こころに)諸(もろもろ)の不浄を思いて心に諸(もろもろ)の不浄を不想(おもわず)

此時(このとき)に清潔(きよくいさぎ)よき偈(こと)あり

諸(もろもろ)の法(のり)は影と像(かたち)の如し

清く清ければ假(かり9にも穢(けがるる)ことなし

説(こと)を取らば不可得(うべからず)皆花よりぞ木實(このみ)とは生(な)る

我身(わがみ)は則(すなわち)六根清浄なり

六根清浄なるが故に五臓の神君安寧なり

五臓の神君安寧なるが故に天地の神と同根なり

天地の神と同根なるが故に萬物(ばんぶつ)の霊と同體なり

萬物(ばんぶつ)の霊と同體なるが故に

為所無願而不成就矣なすところのねがいとしてじょうじゅせずと)

無上霊寶神道加持(いうことなしむじょうれいほうしんどうかじ)



合掌






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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【薬師如来】

2009/10/26 09:27
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人間の生命が終わった死去の日を立ち日ともいいます。

その日から数えて四十九日間を中陰、または中有(ちゅうう)と呼びます。

死者が七日を区切りとして他所に生まれ変わるために、残された方々が功徳を積む七七日(四十九日忌)です。

亡くなられた方(死者)の為に自分たちも善根を修め、死者の冥福を祈り、そうした功徳によって善処に生まれるよう願い、回向供養します。


四十九日をお護りしていらっしゃる仏様が、薬師如来様です。

十三仏の七番目の仏様が薬師如来様です。


薬師如来様はその手に薬の壺を乗せられて人々の救済にあたられています。

薬師如来様の脇仏は日光菩薩。月光菩薩。

日光菩薩は太陽。月光菩薩は月。

太陽は陽。月は陰。

陰陽のリズムを脇に配し、そして十二神将という武将を十二人従えています。

十二神将は1月から12月をあらわしています。

宮毘羅大将(くびら) 子の月。1月。
伐折羅大将(ばさら) 丑の月。2月。
迷企羅大将(めきら) 寅の月。3月。
安底羅大将(あんてら)卯の月。4月。
頞儞羅大将(あじら) 辰の月。5月。
珊底羅大将(さんてら)巳の月。6月。
因達羅大将(いんだら)午の月。7月。
波夷羅大将(はいら) 未の月。8月。
摩虎羅大将(まこら) 申の月。9月。
真達羅大将(しんだら)酉の月。10月。
招杜羅大将(しゃとら)戌の月。11月。
毘羯羅大将(びから) 亥の月。12月。


そして、薬師如来様は衆生救済のために十二の誓願をたてられました。


〔薬師如来十二の大願〕

1、光明普照(薬師如来の光を普く照らし、すべての人々を仏にする。)

2、随意成弁(人々が善い行いをするように導く。)

3、施無尽仏(必要なものが叶うようにする。)

4、安心大乗(仏の教えの正しい教えに導く。)

5、具戒清浄(戒律を保ち、日々精進、善行を促す。)

6、諸根具足(迷いを生じる原因を消滅させ、心身上の障害を無くす。)

7、除病安楽(人々の病を除き窮乏から救い、心身に安楽を与える。)


8、転女得仏(女性であるが故の不利なことを除く。)

9、安心正見(魔がささない人となるよう心中の邪悪な感情を消滅させる。)

10、苦悩解脱(災難や、苦悩を消滅させる。)

11、飲食安楽(餓えや渇きに苦しむことがないようにする。)

12、美衣満足(満足な衣類を得て健全な精神を保つように。)



薬師如来様は人々(衆生)の現実的な悩みをとき放ちながら、人々を正しい人間へと導く仏様の大慈大悲を十二の誓願としてあらわしました。

薬師如来様の十二の誓願をお助けするため、薬師十二神将の神様たちが十二支にあらわされ、随神としてまつられています。


人間が生きていく世界は混沌として、また喧騒であり、諸処煩悩の社会です。

災難、事故、公害、災害、病苦から人間が解き放たれて、穏やかな生活が営まれましたら、どんなに仕合せなことでしょう。


みんなが仕合せに暮らし行く世界を薬師如来様は願われ、その世界を「浄瑠璃の浄土」といい、浄瑠璃世界におわす仏様であることから、薬師如来様は東方浄瑠璃世界の教主でもあります。


【真言】

オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ





金剛合掌



*こちらもご覧下さい。→ http://tousenji.at.webry.info/200804/article_6.html





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【懺悔】

2009/10/23 22:49
【懺悔】


我昔所造諸悪業 皆由無始貧瞋癡 従身語意之所生 一切我今皆懺悔
(がしゃくしょぞうしょあくごう かいゆむしとんじんち じゅうしんごいししょしょう いっさいがこんかいさんげ)

(我昔より造るところの諸々の悪業は皆、無始の貧瞋癡(とんじんち)による身語意より生じるところなり一切を我れ今、皆懺悔し奉る)。


勤行集の始まりは懺悔文(さんげぶん)から始まります。

私が生まれる前の遠い昔から造ってきている数々の悪い業、悪い行いはすべて、自分の思い、ことば、身体から作ってしまっているものです。
なぜそれが作られるかというと、貧瞋癡(とんじんち)があるからです。

貧瞋癡(とんじんち)「意」心(頭の中、想い、念、意識など)でつくる悪業で、
「貪欲(とんよく)…欲、むさぼり。自分だけ。」 
「瞋恚(しんい)…怒り。かっとなりやすい。キレやすい。」  
「愚痴(ぐち)…愚痴。いつも自分だけを嘆く。」

つまりは心の眼をひらけない自分にあります。

こうして、生まれる前から造り続けている悪業の数々を、いま、自分はすべての一切を忘れて、偉大で神聖なるみ仏様の御前で懺悔いたします。



懺悔とは、み仏様にいままでの所業をお詫びし、あらたなる自分を見つける所業です。


あなたは何故、懺悔しないのかとか、発起人だからと責めるのでなく、自分とみ仏様との会話であり、自分の所業を敬虔にみ仏様にお話をし、心の眼を開いて自分を見つめる反省でもあります。


「ごめんなさい。」 「ありがとう。」 


この言葉を素直にいえる自分になるために、『無始の貧瞋癡(とんじんち)による身語意より生じるところ』を、偉大なるみ仏様に懺悔して、自らの所業を清浄化するものです。


人間は身口意がある限り、毎日毎日三悪業(貧瞋癡)は生じます。
生じるたびに懺悔する。


誰の為に懺悔するのか。

(他と)会話したいから懺悔するのか。


懺悔というのは人間対人間の会話でなく、自分とみ仏様のとの会話であり、偉大で神聖なるみ仏様に、自分の全てをさらけ出し受け入れてもらう心の言葉でもあります。


どの経本にも初めに懺悔文があるのは、見えない偉大で神聖なみ仏様に、大いなる慈悲を以っていままで作ってきた悪業、そしていまも作ってしまっている悪業をお話し、一時なりとも清らかなものとなり、受け入れていただくことで許しを乞い願う称えの言葉であります。


懺悔文に書かれている言葉は、人が、あんたが、発起人が、と言うよりも、自分の心を見つめていける人になるための深い深い意味のある言葉でもあります。






我昔所造諸悪業 皆由無始貧瞋癡 従身語意之所生 一切我今皆懺悔
(がしゃくしょぞうしょあくごう かいゆむしとんじんち じゅうしんごいししょしょう いっさいがこんかいさんげ)

(我昔より造るところの諸々の悪業は皆、無始の貧瞋癡(とんじんち)による身語意より生じるところなり一切を我れ今、皆懺悔し奉る)。




み仏様と心中で対話して、自らの心を見つめる懺悔。



帰依者(僧侶)は日常勤行で、次の懺悔文を称えます。


懺悔偈

我従過去世 流転於生死 具造所悪業
不可億知数 今対大聖尊 人心而懺悔
女先佛所懺 我今亦女是 願垂加持力
衆生悉清浄 以此大願故 自佗獲無垢





金剛合掌








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死んだらどうなる。【現実編】

2009/10/19 21:23
今日、団塊世代の知人が来寺しました。

団塊世代が集ると、話題になるのは自分の身の始末の事。

葬儀。戒名。お墓の話。



葬儀はどうする。
お金の準備はいくら。
お寺はどうする。
坊さんを呼ぶか、呼ばないか。
遺骨のこと、先祖の位牌のこと。
借金整理の話から、通帳のこと。

あれはこれはどうする心配が山積みな老後です。


考えておかなければ、と思っても、話題が話題だけに考えておいていいものか。
どうしたものかと、迷ってしまうのがいつかはくるのに話題にしてはいけないと思ってしまう「死んだ時」。

死後の見えない世界は話やすいけれど、話しずらい、死んだらどうなる【現実編】。


来寺された方とお話をして結論したことは、葬儀の値段、葬儀を執り行ってくれるお寺を決めておく。

お墓についても、寺院墓地にするか霊園にするか、合同墓、合祀墓にするか決めておけば、子供たちもおろおろせずにすむのではないか。

それが親心というものではないかと、…話はおさまりました。

人生を長年歩んできた人間の死は、たくさんの荷物や課題を残します。

後に残された方が、ごちゃごちゃとしなくてすむ様に、ある程度は準備していてもよいのではないか。


60歳という一区切りに達すると、人間、そんなことも考えるものです。

合掌





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祈りの世界と修法について。

2009/10/15 08:43
仏教、仏法を学びたい、と希望する方の為に、昨今では様々な情報が簡単に入手しやすい環境になっています。


そういう中にあって、留意しなければならにことは、生兵法にならない、ということです。


私の師(故人)が書き残したものの中に、大変参考になることがありますので、少しずつでも師の言葉を伝えていきたいと思います。


まず、祈り。
これはどなたにも出来ます。

では、祈りをもっと深めるには、僧侶のように祈るには、と希望される方もいることでしょう。

祈りの修法は本来、「師資相承」で、師匠から弟子に体面授受の方式で伝えられることが基本です。

内容については公開せず、『秘』とされるものもすくなくありません。

情報公開の時代だから、お寺様、もったいぶらないで公開してください、という非礼な輩もいらっしゃいますが、神秘性を持たせて秘密にすることが重要なことでなく、『間違って伝わる』ことを一番恐れるからです。

横目で修法をまねされたり、中途半端な知識などでの修法は、生兵法や大怪我、大やけどのもとになりかねないからです。

神仏やご先祖に祈る姿勢や、印や真言のいわんとする意味を知らずに行なうことは、重要な結果を招く事にもなりかねないと、古来からの修行者はわかっているからです。

人から人へ伝わっていくうちに、神随もゆがみ、間違ったものとして伝わってしまう。

そういうことがないように、「師資相承」がとられるわけです。

情報公開時代だからと、口伝ぬきでは伝えられないのがこの世界です。

儀軌(ぎぎ)に基づいて慎重に修法する。

これらを行なう時には、『身』『口』『意』を清浄にすることが重要、肝要であり、祈るものの心が澱んでいないように充分に準備する必要があります。



「人に修法施さんとするものは、自らの心を浄化正道し、慈悲慈愛の信念を持つべし。」




この言葉が肝心になるわけで、これはすでに僧侶たるもの、また、一般の方たちも心してとらえ、祈りの修法を行うようにしたいものです。


合掌




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【お知らせ】一日尼僧体験申し込み受付終了しました。

2009/10/06 10:46
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本年度(平成21年度)、一日尼僧体験の申し込み受付は終了いたしました。


申し込みくださいました皆様、ありがとうございます。


また、申し込みに間に合わなかった皆様、来年度(平成22年)の参加申し込みをお待ちしています。


僧、尼僧体験につきましてはこちらをご覧下さい。  http://nisou.com/1nisou.htm

尚、パンフレット等は制作していません。ご了承下さい。


当寺の僧、尼僧体験は、個人の尼僧が一人で行なっています。

ですから、人数と日時に限りがあります。


高百不動等泉寺  http://www.nisou.com/tousenji/  をお借りして行なっていますので、等泉寺の法務法要が重なりましたなら、日時変更もございます。こちらもご了承くださいませ。



平成22年度の僧、尼僧一日体験は、ブログにてお知らせ申し上げます。


一年に多く開催できないことをお詫び申し上げます。


ご連絡不行き届きもございますが、心寛くお受けとめくださり、来年度の参加をお待ち申し上げています。




合掌







【一日尼僧体験】

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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【弥勒菩薩】

2009/10/04 17:50
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不動、釈迦、文殊、勢至、地蔵と人がなくなってから、七日七日ごとのご供養が過ぎました。

六七日忌は弥勒菩薩様が待っておられます。



弥勒菩薩様は未来の仏様と言われています。



昔々、はるか彼方の昔、大仏様がお二人の仏様をお呼びになってこういいました。

あの青い星を見ると、あの星に住む人間というものがあまりにも騒がしい。
人間らしく生きる法をお前たちがとき、正しく歩む道を諭してやりなさい。

二人の仏様のお一人がお釈迦様としてこの世に誕生されました。

大仏様はもうお一人の仏様にいいました。

釈迦が滅した後、56億7千万年後に地上に生まれ、法を説きなさい。

はるか先の時代に生まれることになった仏様が弥勒様です。


弥勒様は56億7千万年後の世界のシャンカ国のバラモンの子として生まれます。

聡明であったバラモンの子はお釈迦様の覚られたと同じこの世の因果の道理を覚られ、シャンカ国の王も、その他の大勢の人々も、弥勒の教えを受けて弟子になります。

すべての人々に真理を覚らせ、絶対の安楽な境地へ誘います。

弥勒様はお釈迦様をほめたたえ、遠いはるか昔に世の中が混乱し、人間の心が諸悪煩悩にまみれていた時代に因果の理法真理をさとり、その真理を煩悩にまみれた人々に説き、その説法により遠い未来の弥勒様にあおうと、多くの人々が希望を持ち続けてきたことを未来に説法を聞く人々に話します。

注:(お経は叙事詩のような構成になっていますので、その情景を思い浮かべて解釈しますと、わかりやすいです。)




未来は未来への希望がありながら、不安も生じてしまう未来。

そうした未来へたいし、仏教は未来は待つものでなく、つくりあげていくものであると教えます。

人間が求めるさとりの世界を私たち人間がこの手でつかまえていく(作り上げていく)姿勢を弥勒菩薩様によって勧められていくのです。



六七日忌は死者の霊魂(亡霊)のさとりの未来を弥勒菩薩様に託するのです。

死者は弥勒菩薩に導かれ、七七日(49日)へと向います。


弥勒菩薩真言:オン マイタリヤ ソワカ




金剛合掌






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一日尼僧体験のお知らせ。

2009/09/19 11:06
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一日尼僧体験のお問い合わせが多かったのですが、私どもは個人で行なっているものですから、日時を小まめに取り入れることが出来ません。ご了承ください。



今年は10月18日(日曜日)5名様限定で募集いたします。



メールにて希望をされました方、申し訳ありませんが、改めて参加申し込みをされてください。



尚、個々のご希望の日時の場合は、メールのやり取りをさせていただいて決めさせていただきます。


尼僧体験につきましてはこちらをご覧下さい。


http://nisou.com/1nisou.htm






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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【地蔵菩薩】

2009/09/16 22:06
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五七日忌の仏様地蔵菩薩。

三十五日忌の仏様といえば、地蔵菩薩です。

地蔵菩薩は苦と欲の世界(六道)で苦しみ悩みもがいている人々を、仏様の身でありながら、六道の中に入り、人々を救われている仏様です。

お釈迦様が亡くなられてから、五十六億七千万年後に弥勒菩薩があらわれるまで、この世は仏のいない世界(無仏世界)といわれています。
仏のいない世界にあって、六道へ降り立ち、人々をその中で救済している仏様がお地蔵様です。



昔々、大長者の子としてお地蔵様はうまれました。
ある日、獅子奮迅具足万行如来という仏様に遇ったお地蔵様は、如来の姿の尊く、美しい様に惹かれ、
如来にどのような誓願をたてられ、修行をして、そのような立派なお姿を得たのか、と聞きました。

如来は、もしあなた(お地蔵様)が、このような身になりたいと望むのであれば、様々なことで悩み、苦しんでいるこの世の人々を救ってやらなければなりません、と答えました。

長者の息子であったお地蔵様は、六道の罪に苦しんでいるあらゆる人々を救い、その後に「さとり」を開いて仏になろうと、誓いをたてられまいした。


お地蔵様はこうして、この世の六道に苦しみ悩む人々、そして、最も弱い立場の人々を最優先で救済する菩薩となられ、六道より仏の道へと導いている仏様であるわけです。


お地蔵様の“地”は大地を意味します。
大地からは万物が生まれ、育ち、生かされ、再び大地へ還ります。

大地は万物生成の源であり、生まれきしものその性質は同体です。

お地蔵様は、他のものの苦しみはわがことの苦しみであり、一人残らず救わなければ、己れ(自分)の救いにはならないと、誓願をたてられました。


「一斉衆生済度の請願を果たさずば、我、菩薩界に戻らじ」

大地は生命の生存に必要な大いなる資源を蓄えています。
この資源は宝でもあり、蔵でもあります。

この大地の蔵のように限りない(無限)の慈悲を抱いているお地蔵様を拝む。
地蔵菩薩を拝むことは大地を拝む(感謝)ことでもあるわけです。


地蔵菩薩が十三仏の第五番目にいらっしゃるのは、不動明王の焔で死者の煩悩を焼きつくし、いかなる悪行を重ねたものでも純白な白骨となった霊魂を、釈迦如来の仏となる教えを聴き、文殊菩薩の智慧の灯りと、普賢菩薩の修行の教えを学び、万物生成の感謝を知り霊魂の修行の糧となることを願うからです。


そして、お地蔵様から六七日忌の仏様、弥勒菩薩へのもとにと霊魂は四十九日まで、七日ごとの修行の旅を続けます。


お寺の門前に六地蔵が祀られているのは、仏の世界へ参るには、苦の世界、六道の道、辻を通り抜けなければいけない。その六道の苦の世界をいく衆生民衆人々を六地蔵様がお守りくださり、仏様の世界へ導いてくださっているからです。



『六道』地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道


『六地蔵』金剛願地蔵、金剛宝地蔵、金剛悲地蔵、金剛幢地蔵、放光王地蔵、預天賀地蔵。
或いは檀陀(だんだ)地蔵、宝珠地蔵、宝印地蔵、持地地蔵、除蓋障(じょがいしょう)地蔵、日光地蔵


『真言』オン カカカ ビサンマエイ ソワカ



金剛合掌





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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【地蔵菩薩】

2009/09/16 21:42
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五七日忌の仏様地蔵菩薩。

三十五日忌の仏様といえば、地蔵菩薩です。

地蔵菩薩は苦と欲の世界(六道)で苦しみ悩みもがいている人々を、仏様の身でありながら、六道の中に入り、人々を救われている仏様です。

お釈迦様が亡くなられてから、五十六億七千万年後に弥勒菩薩があらわれるまで、この世は仏のいない世界(無仏世界)といわれています。
仏のいない世界にあって、六道へ降り立ち、人々をその中で救済している仏様がお地蔵様です。



昔々、大長者の子としてお地蔵様はうまれました。
ある日、獅子奮迅具足万行如来という仏様に遇ったお地蔵様は、如来の姿の尊く、美しい様に惹かれ、
如来にどのような誓願をたてられ、修行をして、そのような立派なお姿を得たのか、と聞きました。

如来は、もしあなた(お地蔵様)が、このような身になりたいと望むのであれば、様々なことで悩み、苦しんでいるこの世の人々を救ってやらなければなりません、と答えました。

長者の息子であったお地蔵様は、六道の罪に苦しんでいるあらゆる人々を救い、その後に「さとり」を開いて仏になろうと、誓いをたてられまいした。


お地蔵様はこうして、この世の六道に苦しみ悩む人々、そして、最も弱い立場の人々を最優先で救済する菩薩となられ、六道より仏の道へと導いている仏様であるわけです。


お地蔵様の“地”は大地を意味します。
大地からは万物が生まれ、育ち、生かされ、再び大地へ還ります。

大地は万物生成の源であり、生まれきしものその性質は同体です。

お地蔵様は、他のものの苦しみはわがことの苦しみであり、一人残らず救わなければ、己れ(自分)の救いにはならないと、誓願をたてられました。


「一斉衆生済度の請願を果たさずば、我、菩薩界に戻らじ」

大地は生命の生存に必要な大いなる資源を蓄えています。
この資源は宝でもあり、蔵でもあります。

この大地の蔵のように限りない(無限)の慈悲を抱いているお地蔵様を拝む。
地蔵菩薩を拝むことは大地を拝む(感謝)ことでもあるわけです。


地蔵菩薩が十三仏の第五番目にいらっしゃるのは、不動明王の焔で死者の煩悩を焼きつくし、いかなる悪行を重ねたものでも純白な白骨となった霊魂を、釈迦如来の仏となる教えを聴き、文殊菩薩の智慧の灯りと、普賢菩薩の修行の教えを学び、万物生成の感謝を知り霊魂の修行の糧となることを願うからです。


そして、お地蔵様から六七日忌の仏様、弥勒菩薩へのもとにと霊魂は四十九日まで、七日ごとの修行の旅を続けます。


お寺の門前に六地蔵が祀られているのは、仏の世界へ参るには、苦の世界、六道の道、辻を通り抜けなければいけない。その六道の苦の世界をいく衆生民衆人々を六地蔵様がお守りくださり、仏様の世界へ導いてくださっているからです。



『六道』地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道


『六地蔵』金剛願地蔵、金剛宝地蔵、金剛悲地蔵、金剛幢地蔵、放光王地蔵、預天賀地蔵。
或いは檀陀(だんだ)地蔵、宝珠地蔵、宝印地蔵、持地地蔵、除蓋障(じょがいしょう)地蔵、日光地蔵


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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【普賢(ふげん)菩薩】

2009/09/14 20:03
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人が生命を終えた旅だった時、三十三年間の魂の修行期間に入ります。

初七日忌、ニ七日忌、三七日忌とすみました。

四七日忌の仏様は普賢菩薩です。

普賢菩薩は修行の理想像と言われています。



妙法蓮華経二十八品の最後の章に普賢菩薩は現れます。

多くの菩薩や天龍鬼神たちを従えて、お釈迦様の話を聞きにやってきた普賢菩薩は、お釈迦様にこういいます。

「私(普賢菩薩)は、これから後の濁り、汚れ、悪いことがはびこる末世に、この尊い法華経を伝えていく人々を必ず守護してさしあげます。」と誓いをたてられました。


お釈迦様をお祀りするときに、脇時(脇仏)を祀ります。
二人の脇時(脇仏)を従えたお釈迦様の姿を、『釈迦三尊』といいます。

向って右側、白い像に乗った菩薩が普賢菩薩。
左側、巻物を手にした菩薩が文殊菩薩。

文殊菩薩は、明晰な智慧の力で、お釈迦様の教えを正しく掴み取り、
普賢菩薩は強い誓いの力をもって、お釈迦様の教えを正しく実践することを示しています。



『智目行足到清涼池』この言葉は、智は目であり、目が正しく目標をとらえ、行は足であり、足が目標をわがものとさせてくれる。

しかし、それだけでは清涼な池に到達はできない。

智と行を完備し、お釈迦様がさとられた生きる、生かされたもののまことの自由と幸福の境地を、正しく目標とし、間違いのない筋道で、それに近づく努力をする、仏教徒としての模範的な姿を象徴する方々が、文殊菩薩と普賢菩薩なのです。

三七日忌、四七日忌に文殊、普賢の両菩薩があらわれるのは、法要や勤行の施主となる我々自身の菩薩行なのです。


法華経に説かれたお釈迦様の教えを、普賢菩薩はその身体で実践修行をされました。
四七日忌に普賢菩薩を配置したのは、文殊菩薩の智慧の光で照らし出されたさとりの境地を、普賢菩薩の強い誓いの力をもって、お釈迦様の教えを正しく実践することで、第二の人生を獲得するために、自己を奮起して精進努力をちかう時とされているからです。


始めに不動明王。次に釈迦如来。そして文殊菩薩と普賢菩薩。


十三仏の配置は、死者となったものと、遺された我々への教えでもあります。


生かされて、修行。
死者となっても修行。

修行とはいままで犯してきた身と心による罪咎をこと如く白状反省して、眼、耳、鼻、舌、身、意の六根清浄を誓い(これを懺悔といいます。)、六根清浄となった身心をささげて、お釈迦様の説かれた真理の言葉を聞き、覚ることの喜びを得、その覚る喜びをすべてのものとわけあって、わかちあい、お釈迦様の示されたまことの自由と幸福の境地に到達実現しようとする姿が修行であり、菩薩の修行であるのです。



菩薩の修行をお釈迦様の前で力強く誓われた普賢菩薩が四七日忌にあるのは、以上のようなわけであります。



オン サンマヤ サタバン。



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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【文殊(もんじゅ)菩薩】

2009/09/12 23:53
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人間が亡くなって七日目の初七日忌が不動明王。http://blogs.yahoo.co.jp/douyou894/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=7

14日目の二七日忌が釈迦如来。http://blogs.yahoo.co.jp/douyou894/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=5

そして21日目の三七日忌は文殊菩薩の智慧によって、迷いの暗い(無明)世界から、光明の世界へ導かれいくように、遺されたものも祈る日でもあります。


文殊菩薩(もんじゅぼさつ)は智慧の仏と呼ばれています。

またの名を文殊師利菩薩といいまして、妙吉祥、または妙徳、妙音とも訳され、普賢菩薩と共に、釈迦如来の脇仏(脇時)として、祀られています。


文殊は知恵。普賢菩薩は慈悲と行を司っています。

菩薩とは、自らの悟りを求める修行をすると共に、他のものをも悟りに到達させようと努めるものをいいます。


人間は文化文明の発達をしてまいりましたが、それは外ばかりみる知恵を覚え、内を見る智慧をおろそかにしてまいりました。

仏の智慧というのは、「自分を観る根本智」です。

ものの本質を見抜き、利己的な煩悩を断ち切り、己も他人も同じ宇宙に在る(存在)ものであり、それらはすべてのものとつながり、それらを見極める眼をもち、自己を宇宙の広がりのように拡げていくことであり、このような広大な智慧をもたれた方が文殊ぼさつであり、そして、大きな理想を持つと共に、菩薩の本懐、悩み多い人間の中に入り、人々と共に苦しみ、悩みながら人々を導き、自らもそれに打ち勝つための努力精進を惜しまずされ、最も人間の身近におられる仏様を菩薩とよびます。


三七日のご供養は文殊菩薩の智慧の光によって、亡くなられた方々が、無明という暗い闇から明るい光の元に導き出され、光がまばゆく光る世界へ導きだされ、心明るく修行が行なえるように願う日なのです。



合掌







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成仏していない、といわれても不安がることはありません。 (心に寺を建てようブログより転記)

2009/09/11 09:21
霊能者の言葉で、“成仏してません。”と成仏が使われることが多く、その言葉に多くの方が不安がり惑わされます。



成仏。これはお釈迦様がはじめに会得されました。

お釈迦様は宇宙の真理に気づき、その真理に従って生きていこう。そうしたら、みんなみんな成仏(覚りを得たもの)できるんだよ、とご存命中の50年間に様々な比喩や喩えを多くの人々に話されてこの世を去りました。



生きる目的は「成仏(真理を得る。真理に気がつく。)そして人としての生き方を知る。」になるわけですが、残念ながら我々人間は生きているうちは、あくたもくたの我欲や妄想などにとらわれて成仏なんて程遠い生き方をし日々苦で縛られてしまっているわけです。


人はお釈迦様の教えを耳にしながら、生かしもせず生かされないでこの世を去り、死んでから後の修行の旅につくきます。その修行の期間が三十三年間であります。



その間に十三の仏様の教えを受け、魂の成仏訓練を受けて次なる生まれ変わりの旅へ死者の霊魂は旅立ちます。旅立った先の魂世界でも魂の修行は続き、まっさら清らかな魂となって、再び人間社会に生まれてきます。
よく耳にする言葉、輪廻転生です。


さて、成仏とは覚りを得たものの意味なのですから、“成仏してないから、除霊しましょう。”となるのは、はて???
三十三年間の修行がすまないうちの霊魂は成仏してないうちになるのではないかと思うのですが。(^_^;)
そして、死者が魂訓練修行をしている三十三年間、現実世界に遺された我々も、死者の霊魂と供に自らの心を正す修行を行うことが必要となり、それが供養(供に養う。)でもあります。



おどろおどろしく成仏していないから、除霊。
その除霊費用に何百万円かかった、と、あちらこちらで聞きますし、実際の相談にもあります。



除くよりも、供に心を養う修行訓練を行えばなあ、と思う次第です。



極端な話、ご先祖様が成仏していないのに、供養もされないで除かれて(排除)されたら気の毒に、と思います。



人間は死んでから後も、仏様の大慈大悲に導かれ、成仏する修行を三十三年間かかって行い、やっと次の段階に導かれていきますから、“成仏していない!”といわれても、なんら不安がることもありません。



それよりも、死者の霊魂が速やかに成仏するには、我々もどう供に心魂を養い耕すには、どうしたらよいか、考えてそれを実践していくのが我々人間がなすべきことです。



彼岸は遺されたものたちが修行する期間といわれるのは、生活で忙しい我々人間がせめてもの7日間を己を見つめて供養していきましょう、という期間です。



それを修行する期間が春と秋の7日間の彼岸でもあります。


死者が三十三年間の修行が無事にすみ、魂世界の修行道場に上りいけるよう、遺されたものたちも一生懸命精進して参りましょう。



成仏していない、といわれても不安がらず、怖れることはありません。



合掌







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気持ちだけ原点に還ろうよ、お坊さん。(山寺雑記より転載)

2009/09/11 09:08

昨日は那須の寺へゆき、日光の僧侶を紹介。

久しぶりに大念山正福寺の和尚と話ができた。

宗派は異なるが、民衆のために力を尽くす姿勢は半端ではない。

話はやはり僧侶のあり方へ行ってしまう。

規律規則をかっちりとつくって、縛りを入れたがいい、という話に及んだ。

大教団組織になると末端寺への規律規則は、法律を模倣してかなり厳しくつくっているところがある。

こんなにしなくとも、と笑ってしまう。規律規則でがんじがらめにするなら、本尊や教義はいらないんじゃない。

お坊さんは三宝に帰依して仏弟子となる。

帰依するときに五逆罪を冒さない(冒涜)宣言をする。
そして十善界を保つ宣言を行う。

三宝は『「仏」覚りを得た人』を目指し、『「法」覚るための教え』を学び、『「僧」仲良く和合(融合)することを実践する。』

これを僧自身が自分に課していけばよく、つまりは自己責任、自己管理ができているか否やが僧侶の道ではないかと思う。

自己管理自己責任が自ずと取れていさえするば、多数が集まってきても乱れることもなく、規律もいらず、干渉もせず互いに研磨を目指す世界となり、人間がつくった規律規則で縛る必要性はない。

しかし、このようなことをいうと、オタク集団で教団としては広がらない、となる。

が、急成長する教団には歪みが生じる。なぜなら三宝から離れていくから。

いま、寺は行政に半管理される時代に突入した。

三宝を目指すところを人間のつくった機関が法人化を認可するか否やを決定する。妙な時代に変わっている。

確かに寺や法人や僧侶のうちには、三宝の帰依の根本を冒している者が多く、問題を起こしている。
問題が多く生じれば、現実世界としては規律規則をつくり、遵守するよう管理世界となる。

一蓮托生世界が生じる。

真摯に三宝を目指すものたちまで、布教しずらい世界となる。

まあ、ギクシャクしているのがこの世だし、それはそれで仕方がないにしても、僧侶の資質が低下していくのはどうかと思う。

僧侶の資質低下については、遠い昔から指摘されてきた。

釈迦の予言においても僧侶の資質低下を述べている。

僧に帰依したものたちが、三宝の意味を理解し、自己の内なる魂を研磨する努力を惜しまずにすればよいのだが、そこに至らない僧侶が大部分だから、だんだんと質低下となる。

自己を管理する。

これができなくなる。

某門跡寺問題があり、それは某寺が某門跡寺を落札名義変更という前代未聞の結果となった。

そうなったのにも喧々囂々の論議がされるが、根本は自己責任、自己管理の自立心を基盤としてあったなら、悲しい結末にはならなかっただろう。

僧侶は特に自立心を持たなければならない。
自立心を持ちながら、佛の加護を受けられるように自己研磨に精進する。

自力と他力がうまくバランスがとれる僧侶を目指す必要があるだろう。

そうすれば質低下は多少なりとも防げる。

自己管理、自己責任、 自己研磨。

この三つを常に心がけていきたいものだ。

そうすれば、人間がつくった規律規則は不要になる。

管理されたり縛りを入れたりしたら、反発が生じる。

理想は規律規則のない世界が仏国土なのだが、仏国土ははるかに遠い。

しかし、遠い道を遠いながらに歩いていくのが三宝に帰依した僧侶ではないかと考える。

須彌山のてっぺんの仏国土を、イメージできる僧侶たちが増えてくればよいのだが。

合掌






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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【釈迦如来】

2009/09/10 07:33
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人が亡くなって、亡くなった日にちから数えて七日目が初七日、といいます。(初七日忌)


そして、次の七日目を(亡くなった日から14日目)を、ニ七日(にしちび)と言います。(ニ七日忌)


このニ七日は釈迦如来に諭される日でもあります。


初七日忌でお不動様に叱咤鞭励を受けた死者は、ニ七日忌に人間として仏(覚ったもの)を実現したお釈迦様に、人として生きることの細やかな教えを諭さされ、覚りの修行の道に導かれていきます。



私たち人間を含むこの宇宙に在るものは、一瞬も停止することなく(とどまることなく)、変化していることお釈迦様は覚られました。
お釈迦様が覚られたこのことを「諸行無常」といいます。

ものはみなすべて、原因があって生まれ(生じ)、それがまた、原因となって次のものへ変化し、どれもこれもみな、はじめの姿はなく、いつまでもそのものとして性質を持続するものが無いことを覚られました。
お釈迦様が覚られたこのことを「諸法無我」といいます。

人間は哀しいかな、自分が可愛い(愛しい)あまりに、欲望にかられ、欲望を満たそうとし(渇愛)、また、時は過ぎ行くも変化はしないという概念を持ち、諸行無常(この世にあるものは全てとどまることなく変化している。)であることを知らず、知っていても受け入れずにあるから、騙した騙された、尊敬していたのに、信じていたのにということが瞬時に起こり、期待が裏切られ、苦しみもがかなければならない世界に生きるわけです。
お釈迦様が覚られたこのことを「一切皆苦」といいます。


お釈迦様はご自身が覚られたこのことによって人生観をがらりと変えられました。
そして、人間が苦から抜け出す道(法)を説いてこられました。



ニ七日忌には、お釈迦様が覚られたことを諭されて、死者は次の修行の道へ歩いて行きます。



『ご真言。 おんさるばしちけい びしゅだらに そわか』



ご供養のことはコチラ→  http://tousenji.at.webry.info/200803/article_13.html

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お経を覚えたい方はコチラ→ http://okyou.cocolog-nifty.com/blog/




金剛合掌








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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【不動明王】

2009/09/09 09:13
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十三仏の始めは不動明王です。

不動明王はとても怖い顔をしています。

怒りの表情の不動明王。

怒りの明王を代表しているお一人です。



不動明王は不動使者という名前で呼ばれることもあります。

仏様の使い、正しい理想を求めて生きる私たち人間たち(衆生ともいいます。)のために、
身を捨てて働いてくださるお使い役の姿でもあるわけです。


不動明王の持ち物は右手に持つ剣です。
不動明王の剣は邪悪や汚濁、魔をも一刀両断して、正しい理性が邪魔されないように、そして、真実の姿をあらわす働きの象徴です。


背中にした焔は、不純なものを焼き尽くし、正しい理性が働くのをあらわしています。

五色の綱は、この世の泥水の中で溺れそうになってしまう私たちを引っ張り上げてくださる働きをあらわしています。



不動明王は人間が亡くなって七日目(初七日)に死者となった人間をお救いになる仏様と言われてます。

それは、人間が生きてきた世界はあまりにも汚濁に汚れ、人間もその中で汚濁や邪悪に染められています。

不動明王は人間界から持ち込んできた死者の汚濁や邪悪を、剣で断ち切り焔で燃やしつくします。

純白の白骨となった死者は、生きてきた世界の汚濁や邪悪を真っ白(純白)にして、死出の旅路へと向います。

そして、これから、三十三年間の死者としての修行の旅路となるのです。




ご供養のことはコチラ→  http://tousenji.at.webry.info/200803/article_13.html

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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【はじめに。】

2009/09/09 07:52
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人間は生まれて生かされているこの世でも「修行」といわれています。



生まれて修行。
死んでも修行。
魂世界へ行っても修行。



ではなんの修行をしているかというと、魂磨きの修行をしているんです。



目に見えないことですから、納得いかない方もいることでしょうが、まあ、お話としてわらいながらでも聞いてください。



生かされているこの世にあって、生きるための法を説いてくださっていますのが、お釈迦様です。



さて、神様がたくさん(八百万)いらっしゃるように、仏様たちも如来部から天部までたくさんいらっしゃいます。



その中から十三の仏様が死んだ後の修行の仏様たちとして選ばれました。



不動明王。釈迦如来。文殊菩薩。普賢菩薩。地蔵菩薩。弥勒菩薩。薬師如来。観音菩薩。勢至菩薩。阿弥陀如来。阿しゅく如来。大日如来。虚空蔵菩薩。



十三の仏様たちの名前です。



仏教徒である人々は、死んだら仏様の仏弟子ですよ、ということで、戒名(法名)を授けていただき、死の世界の修行に入ります。



その修行の応援を、この世に遺された人々が、遺された側としての修行を積みながらすることが「供養」なのです。



死んだものも、生きているものも、共に魂磨きの修行を供に養う。



その供養を行うために、十三の仏様たちも応援してくださる年数が三十三年間であるのです。



死んだら終わりでなく、死んだら始まりで、また、魂磨きの旅(修行)が始まります。



独り寂しく修行しないように、仏様たちやこの世に遺された人々も一緒に死者の魂磨きの応援をする姿が供養であることを、今一度認識してほしい時代であると思います。



供養や葬儀に安けりゃいい、高けりゃどうのと、メディアや雑誌などで煽られますことよりも、「供養」することの意味を知る機会をつくっていただくなら、さ迷う霊魂も鎮魂するのではないかと、思う次第です。



合掌








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生き方塾、場所時間変更のお知らせ。

2009/09/06 07:35
【お知らせ】   『生き方塾』五百縁の会  9月開催のお知らせを掲載いたしましたが、
開催場所と、時間の変更のお知らせを致します。


【変更内容】

〔日時〕平成21年9月27日(日曜日)午後14時より午後16時まで。

〔参加費〕500円

〔場所〕「疳の虫封じ寺」 高百不動等泉寺

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〔問い合わせ、連絡先〕

参加されます方は、事前にメールにてご連絡下さい。
〔主宰人〕心に寺を建てよう「月光山洗心庵」庵主菅原道陽
http://nisou.com/

メール info@nisou.com

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不動明王勤行  

2009/08/28 09:44
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不動明王勤行          宗教法人 両願寺

はじめにご本尊に向うに際し、手を洗い口をすすぎ身を清め、姿勢を正す。
次、ローソクに火を灯す。
  線香に火を灯す。三本(仏法僧)
  威儀を正す。(姿勢を正す。)   
次、三礼  (三回、礼をする。)
  南無帰命頂禮。大日大聖不動明王。四大八大諸大明王
(なむきみょうちょうらいだいしょうふどうみょうおうしだいはちだいしょだいみょうおう)
次、塗香
次、護身法
次、経本を薫香。
次、リン 2打鳴らす。
次、懺悔文(さんげもん)

我昔所造諸悪業 皆由無始貧瞋癡
(がしゃくしょぞうしょあくごう かいゆむしとんじんち ) 
従身語意之所生 一切我今皆懺悔
(じゅうしんごいししょしょう いっさいがこんかいさんげ)

次、開経偈(かいきょうげ)

無上甚深微妙法 百千万却難遭遇 
(むじょうじんじんみみょうほう ひゃくせんまんごうなんそううぐう)
我今見聞得受待 願解如来真実義
(がこんけんもんとくじゅうじ がんげにょらいしんじつぎ)

次、佛説聖不動経

爾時大會 有一明王 是大明王
(にじだいえ ういつみょうおう ぜだいみょうおう)
有大威力 大悲徳故 現青黒形
(うだいえりき だいひとくこ げんしょうこくぎょ)
大定徳故 座金剛石 大智慧故
(だいじょうとくこ ざこんごうせき だいちえこ)
現大火焔 執大智剣 害貧瞋痴
(げんだいかえん しゅだいちけん がいとんじんち)
持三昧索 縛難伏者 無相法身
(じさんまいさく ばくなんぶくしゃ むそうほうしん)
虚空同體 無其住處 但住衆生
(こくううどうたい むごじゅうしょ たんじゅうしゅうじょう)
心相之中 衆生意相 各々不同
(しんそうしちゅう しゅじょういそう かくかくふどう)
随衆生意 而作利益 所求圓満
(ずいしゅじょうい にさりやく しょきゅうえんまん)
爾時大會 聞説是経 皆大歓喜
(にじだいえ もんぜつぜきょう かいだいかんぎ)
信受奉行
(しんじゅぶぎょう)


次、金剛手最勝根本大陀羅尼
(火界咒または不動大咒)二十一反

ナーマク サラバ タタギャティビャク 
サラバ ボッケイビヤク サラバタ タラタ
センダ マカロシャナ ケン ギャキギャキ
サラバ ビキナン ウンタラタ カンマン

次、不動慈救咒 二十一反

ナーマクサーマンダーバーサラナンセンダーマカロシャナソワタヤウンタラターカンマン

次、法華成仏偈(ほっけじょうぶつげ)

願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道
(がんにしくどくふぎゅうおいっさいがとうよしゅじょうかいぐじょうぶつどう)

次、リン3回  (中小大)
次、護身法
  
次   三礼(三回、礼をする。)
南無帰命頂禮。大日大聖不動明王。四大八大諸大明王
((なむきみょうちょうらいだいしょうふどうみょうおうしだいはちだいしょだいみょうおう)









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十三仏    平成16年9月26日命日

2009/08/16 08:19
「十三仏    平成16年9月26日命日」

不動明王 初七日 (七日目・6日後) 平成16年10月2日

釈迦如来 二七日(14日目・13日後) 平成16年10月9日

文殊菩薩 三七日(21日目・20日後) 平成16年10月16日

普賢菩薩 四七日(28日・27日後)  平成16年10月23日

地蔵菩薩 五七日(35日目・34日目) 平成16年10月30日

弥勒菩薩 六七日(42日目・41日後) 平成16年11月6日

薬師如来 七七日(49日日・48日後) 平成16年11月13日

観音菩薩 百か日(100日目・99日後)平成17年1月3日

勢至菩薩 一周忌(2年目・一年後) 平成17年9月26日

阿弥陀如来 三回忌(3年目・2年後)平成18年9月26日

阿しゅく如来 7回忌(7年目・6年後) 平成22年9月26日

大日如来 十三回忌(13年目・12年後) 平成28年9月26日

虚空蔵菩薩 33回忌(33年目・32年後) 平成48年9月26日





「十三仏    平成21年8月10日命日」

不動明王 初七日 (七日目・6日後) 平成21年8月16日

釈迦如来 二七日(14日目・13日後) 平成21年8月23日

文殊菩薩 三七日(21日目・20日後) 平成21年8月30日

普賢菩薩 四七日(28日・27日後)  平成21年9月6日

地蔵菩薩 五七日(35日目・34日目) 平成21年9月13日

弥勒菩薩 六七日(42日目・41日後) 平成21年9月20日

薬師如来 七七日(49日日・48日後) 平成21年9月27日

観音菩薩 百か日(100日目・99日後)平成21年11月17日

勢至菩薩 一周忌(2年目・一年後) 平成22年8月10日

阿弥陀如来 三回忌(3年目・2年後)平成23年8月10日

阿しゅく如来 7回忌(7年目・6年後) 平成27年8月10日

大日如来 十三回忌(13年目・12年後) 平成33年8月10日

虚空蔵菩薩 33回忌(33年目・32年後) 平成53年8月10日






願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道
(がんにしくどく ふぎゅうおいっさい がとうよしゅじょう かいぐじょうぶつどう)



合掌







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守護梵字入 黒オニキスブレス キリーク(子/千手観世音菩薩 戌・亥/阿弥陀如来)
アートメモリー
干支黒オニキスには、邪念邪気を振り払い、散漫になる気を落ち着かせるパワーがあるといわれています。親玉

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六時偈のうちの【黄昏偈(こうこんげ)】 (心に寺を建てようブログからの転載)

2009/08/02 11:35

お経には六時偈というお経があります。

六時偈の六時とは、読経を称える時間を一日(一昼夜)のうちに六つの時間に区分し、この時間ごとに懺悔、念仏などの勤行を修行する時間のこと。

六時偈は後夜偈(ごやげ)、晨朝(じんじょう・しんちょう)偈、日中偈、黄昏偈(こうこんげ)、初夜偈、半夜偈からなりますが、この六時の呼び方は宗派により多少異なります。



各時間の刻は、

「後夜(ごや)」寅卯の刻。
夜を三分した最後の時間。ほぼ現在の午前二時から六時頃。


「晨朝(じんじょう・しんちょう)」辰巳の刻
朝早い時間。明け方。 ほぼ現在の午前六時...


「日中」午未の刻
日の出ている間。昼間。正午および正午を中心とするほぼ四時間。


「黄昏(こうこん)」 申酉の刻  
たそがれ。夕暮れ。

「初夜」 戌亥の刻

「半夜」  子丑の刻
半夜はまたは、中夜ともいう。



【黄昏偈(こうこんげ)】

白衆等聴説(はくしゅうとうていせつ)
黄昏無常偈(こうこんぶしょうけい)
此日已過(しじっちか)
命即衰減(べいせきすいかん)
如少水魚(じょしょうすいぎょ)
斯有何楽(しゆうからく)
諸衆等(しょしうとう)
当勤精進(とうきんせいしん)
如救頭燃(じょきゅうとうぜん)
但念虚空(たんでんきょこう)
無常勤慎(ぶしょうきんしん)
莫放逸(ばくほういつん)どう





普礼合掌








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疳(かん)」の虫講座

2009/07/30 06:53
昭和の半ば頃まで、子供の夜泣きやイラつきは、かんのむし封じやかんのむし切りをしてもらった方がよい、と、舅や姑、または両親は、若い嫁や娘に言ったものです。

その時代は、寺院や神社、或いは町中の拝みやさんが、かんのむし切りやかんのむし封じを行ってました。

時代が進化するにつれ、呪いのようなかんのむし封じやかんのむし切りは廃れていきます。

かんのむし。

果たしているのだろうか。

修法しますと、手のひらから指先から、或いは爪の間からも出ます。

顕微鏡でみると、何種類かの形(すがた)をみることができます。

山のお寺と協力しあって。月光山洗心庵はかんのむし切りをはじめました。以来、観察をしてますと、自分の心次第で増減しているようです。

このかんのむし切りが行える、心正しい人たちが全国に増えれば、心救いができるのではないか、と思い、かんのむし切り伝授講座を開始しました。

「上求菩提」「下化衆生」の精神の基にしております。

遠方である場合は出張講座いたします。
修得費用多少はかかります。

また、交通費、宿泊代は別途お願いいたします。

メンタルケアの仕事、或いは施術業をされている方、寺院様や神社様が知っていると、救済の一つのアイテムになるのではないかと、考えます。

心救いはこれが一番いい方法だ、と決めつけて行えるものではありませんから、かんのむし切り法もも心救いをする一つのアイテムとして、私は考えています。
遠路は問いませんので、感心を持たれ、かんのむし切り法を修得したい方は、ご連絡ください。

尚、連絡の際には住所、氏名をお願いいたします。



合掌








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自分が保っていけばいい。

2009/07/27 08:31
受戒を受けた今日より、「三法」に帰依し、
「三悪業(身口意)」の懺悔と共に
「十悪」のざんげも欠かさず、
「六波羅蜜行」を怠らず、
「五逆罪」を犯さず、日々精進に励むことを誓います。

以下の意味をよく知り、心得ること。

〔 五逆罪〕(恩に叛く悪)

一、殺父(しいぶ) 父殺し。
(心で邪魔者扱いするだけで、体で実際に殺したものと同じ罪だと教えられる。)
二、殺母(しいも) 母殺し 
(殺父と同じく、心中で邪険にするだけでも殺したことになると、いわれている。)
三、殺羅漢 羅漢殺し (羅漢とは高い位の悟りを開いた人)
四、和合僧を破る 
五、佛身より血を出だす

〔法謗罪〕
一、お釈迦様の説かれた仏教を謗(そし)る行いをすること。
二、正しい仏教を教える人(仏道に励むもの)を謗(そし)ること

〔十悪業〕

一、「意」心(頭の中、想い、念、意識など)でつくる悪。

「貪欲(とんよく)…欲、むさぼり。自分だけ。」 
「瞋恚(しんい)…怒り。かっとなりやすい。キレやすい。」  
「愚痴(ぐち)…愚痴。いつも自分だけを嘆く。」           

二、 口(言葉)で造る悪

「綺語(きご)…口で驚かす。恐怖を持たせる。」       
「両舌(りょうぜつ)… 二枚舌。心にもないことばかりを言う。」      
「悪口(あっこう)…人を悪く言う事。」 
「妄語(もうご)… 嘘をつく事」        

三、「身」体で造る悪。

「殺生(せっしょう) 生き物を殺す悪」  
「偸盗(ちゅうとう) 人のものを盗む悪 」    
「邪淫(じゃいん)  淫らな行ない。よこしまな行い。 」    


〔六波羅密行〕

布施行。  施す心をもつこと。      
持戒行。  規律を守ること。
忍辱行。  苦難に耐え忍ぶこと。忍耐、辛抱、我慢。
精進行。  人として歩く道をたゆまず実践すること。努力向上心。
禅定行。  精神を統一し心を安定させること。
智恵行。  迷いのない人としての道を歩く智慧を得ること。







月光山洗心庵&高百不動等泉寺(疳の虫切り寺)

http://nisou.com/
http://www.nisou.com/mobile/
http://www.nisou.com/tousenji/

栃木県日光市瀬尾3228
電話 0288−21−7338




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お経を称えたい方のためのやさしい日常勤行。(あくまで参考です。)

2009/07/15 18:32
【お経を称えたい方のためのやさしい日常勤行】


先ず  ローソクに火を灯す。
    

次、線香に火を灯す。三本(仏法僧)

*注*宗派によりまして、線香の数は異なります。ご注意下さい。



威儀を正す。(正座の姿勢を正す。)   



次、  三礼  (合掌し三回、礼をする。)
   

 南無帰命頂礼本尊諸尊一切三宝
(なむきみょうちょうらいほんぞんしょそんいっさいさんぽう)

*注*この礼拝文は当寺の三礼文です。
宗派によって、異なりますので、ご注意下さい。



次、  経本を薫香。



次、  リン 2打鳴らす。


次、  懺悔文(さんげもん)


我昔所造諸悪業 皆由無始貧瞋癡 従身語意之所生 一切我今皆懺悔
(がしゃくしょぞうしょあくごう かいゆむしとんじんち じゅうしんごいししょしょう いっさいがこんかいさんげ)

意味:(我昔より造るところの諸々の悪業は皆、無始の貧瞋癡(とんじんち)による身語意より生じるところなり一切を我れ今、皆懺悔し奉る)。


次、  開経偈(かいきょうげ)

無上甚深微妙法 百千万却難遭遇 我今見聞得受待 願解如来真実義
(むじょうじんじんみみょうほう ひゃくせんまんごうなんそううぐうがこんけんもんとくじゅうじ がんげにょらいしんじつぎ)


次、  般若心経  一反〜三反 又は延命十句観音経.

(観音経または、自我偈が称えられる方は、称えてください、)


次、  光明真言

おん あぼきゃ びろしゃな まかもだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん


観経文(かんぎょうもん)


光明遍照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨
(こうみょうへんじょう じゅうぽうせかい ねんぶつしゅじょう せっしゅふしゃ)


次、  十念(じゅうねん)(南無阿弥陀仏10回)


南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 



次、  法華成仏偈(ほっけじょうぶつげ)


以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道
(がんにしくどく ふぎゅうおいっさい がとうよしゅじょう かいぐじょうぶつどう)


意味:(願わくはこの功徳をもって普(あまね)く一切に及ぼし、我らと衆生と、皆共に仏道を成(じょう)ぜんことを。)


次、  リン3回  (中小大の音で打ち鳴らす。)  


次、経本を閉じて、薫香する。


次、ローソクを消す。


次   三礼(三回、礼をする。)

 南無帰命頂礼本尊諸尊一切三宝
(なむきみょうちょうらいほんぞんしょそんいっさいさんぽう)

*注*この礼拝文は当寺の三礼文です。
宗派によって、異なりますので、ご注意下さい。



終了。




**読経の仕方を知りたい方はこちらを参照されてください。

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【転載】人間釈尊の本音!「田上 太秀著 「仏陀のいいたかったこと」 。忠さんの徒然草 より。その3

2009/07/11 07:56
私が迷路に差し掛かったとき、読み返す本があります。

それは、「田上 太秀著 「仏陀のいいたかったこと」。

この本をブログのお友達の方に紹介しましたところ、わかり易く、記事に書いてくださいました。
多くの皆様にご紹介したいと思い、ご本人の了解を得まして、ブログと同じように、三回に分けて転載いたします。


忠さんの徒然草 → http://blogs.yahoo.co.jp/tzhosono より。




*******************************


人間釈尊の本音!「田上 太秀著 「仏陀のいいたかったこと」」 その三/三
その一/三、その二/三、その三/三と分けてUPします。よろしくお願いします。



その一/三から、再掲載



出版社の内容紹介に、この本の意図するところが良く出ている。



***
釈尊の入滅後、仏教は各地へ伝播しやがて6世紀には日本へも伝来した。しかし、インドと遠く隔たる日本へ遥かな歳月をかけて到達したのが、釈尊の説いたままの仏教であったかと問えば、答えは否である。
釈尊はもともと何を教え、どこへ導こうとしたのか?偶像ではない人間釈尊の言と行とに、その本音を探る。
***



余りに多くの事柄が次々と展開されるので、気になるところを引用していると、それこそキリが無いので、ほんの僅かだけにします。



が、が教えられるところが多々ある。改めて釈尊自身は何を語り何を教えようとされたのかを知る良書ではなかろうか。




僕が借りている本は昭和58年の1800円の本ですが、月光山洗心庵さんの御紹介のように「仏陀のいいたかったこと (講談社学術文庫) (文庫)田上 太秀 (著) ¥ 924で買えます
から…お手元に置かれてもよいかも・・



著者 田上 太秀
1935年ペルー・リマ市生まれ。駒沢大学仏教学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。同博士課程満期退学。駒沢大学仏教学部教授。駒沢大学禅研究所所長。文学博士。著書に『禅の思想』『禅語散策』『道元のこころ』『仏陀臨終の説法──完訳・大般涅槃経』(全4巻)『仏教の世界』『釈尊の譬喩と説話』『四十二の教訓──四十二章経を語る』『迷いから悟りへの十二章』等多数。



目次

  1 インドにも「諸子百家」がいた・=こちら=

2 釈尊の立場と伝道・・・・・・・・・=こちら=
3 過去の因習を超える・・・・・・・・=こちら=
4 日常生活に根ざした教え・・・・・=こちら=
5 男女平等を説く・・・・・・・・・=こちら=
6 国家・国王との関係・・・・・・・=こちら=
7 俗世と出家 ・・・・・・・・・・・=こちら=
8 霊魂を否定し、無我を唱える・・・=こちら=
9 ブッダになることを教える
10 出家者の正しい生活態度
11 釈尊後の仏教
12 大乗仏教の誕生
13 意識下の世界を見る
14 ブッダになるために



*****以下 その三/三 本文******



9 ブッダになることを教える から
・・釈尊の求めた究極の安らぎは楽しみではない。それは輪廻の苦からの解放である。二度とこの世界に生を受けないこと、極楽と業苦との繰り返しを経験する生老病死のリズムに乗らないことである。永遠の安らぎとは、今生を限りに二度と来世の生老病死を経験しないことを言う。



・・釈尊は、人が悩まされるのは、四苦がいろいろな機縁によって生起していることについて、つまり縁起について人が無知だからだと宣言した。



・・釈尊は縁起と縁滅のあり方を次のように述べた。
 これがあれば、かれがある
 これが生まれると、かれが生まれる
 これがなければ、かれがない
 これが滅びると、かれが滅びる



・・(以下、四苦の縁起、無明、十二縁起のたとえ)



・・釈尊は、縁起を見るものは法を見る、法を見るものは縁起を見る、と教えた。この法とは、もののありのままの姿という意味と、人間のあるべき姿という意味の二つをもっている。



・・さらに釈尊は、その法を見るものは私を見る、私を見るものは法を見る、とも教えた。



・・仏教の修行体系(八正道と三学)・・



・・八正道を実践すれば結果的にはブツダになれる。・・ということは、生まれや貴賎上下の区別なく、誰でもブツダになれることでもある。



・・釈尊は、要するに現世で生老病死の苦しみから解放されたいのならば、出家して八正道を実践すべきだと教えたのである。



10 出家者の正しい生活態度  から
・・釈尊が教えた正しい生活態度とは、極端な生き方を避けることであった。八正道の中で『正命』(バランスのとれたなりわい、生活の意)がそれである。今日でいえば正しい経済生活を意味する。



・・人々にとって正命の目標は、社会倫理に則った経済生活を営むことであった。そしてその基本的実践は布施であった。布施を多く行い、多くの善根を積むことは生涯の最高の幸せであると「真理の言葉」は教えている。



・・(教団維持のために複利を取ることを述べて)釈尊は、在俗の人々には利潤を得ることを正命の一つとして承認したのであるが、いかに三宝維持のためとはいえ、出家者がこのように利潤追求を行ったことは、仏教の本来のあり方からすれば問題にすべきことである。最近の仏教界のあり方は、これらのは本筋から離れた教団のあり方に似てはいないだろうか。




11 釈尊後の仏教  から
・・暗記による編集会議の結果・・教団の分裂と戒律の改革など・・・仏教教団は分裂し合計二十派が誕生した。



・・信者たちの真摯な願いの姿を見捨てることができなかった修行者も居て、・・又新しい運動が起きた・・だれでもの仏教・・マハーヤーナ運動・・マハーヤーナとは大きな乗り物という意味で・・



12 大乗仏教の誕生  から
・・あくまで利他行に専念する修行者が現れるようになった。その人物を大乗仏教では菩薩と呼んだ。



・・実は菩薩には二つの呼称がある。(本生菩薩と大乗菩薩)・・



・・大乗仏教の運動の中で顕著な現象の一つは、多くの経典がつくられたということであろう。・・



・・大乗仏教徒たちは、釈尊が亡くなって五百年後の時代にありながら、いかにも釈尊の説法を直に聞いたかのように「如是我聞」を書き出しにして、経典をつくったのである。



・・今日わが国で親しまれているお経の全てといってもよい、それらは大乗仏教徒が創作した経典である。釈尊の説法を書き残したものではない。



・・般若心経・金剛般若経・維摩経・法華経・華厳経・浄土三部経・大日経・金剛頂経もみな大乗仏教徒による偽経である。



・・お経は中国に伝来してからもつくられた。・・父母恩重経・仏説孝子経・盂蘭盆経などは中国人の創作による経典である。




13 意識下の世界を見る  から
・・人間の死後、何が残るのだろうか。死後の霊魂の存在については、何も釈尊は教えなかった。



・・釈尊はある経典(小空経)で、空について興味ふかい説明をしている。それは「なにかがそこにないとき、それは空であると見る。しかもなお、そこに残った(もの)があれば、それはここにじつにあるものだと人は知る」という文である。



・・それは命を原動力としてはたらく眼耳鼻舌身意の六つの感覚器官を備える肉体そのものから生ずるわずらいである。これが最後に残るわずらいであり、これは実在であるという。どんなに空じて行っても現実にこのわずらいが残ることを釈尊は教えた。



・・生きている限り、そのわずらいに縛られ、支配されないように修行を怠ってはならないということになる。釈尊でさえ、悟りを得たあとでも修行を続けたのは、そのことを証明するものであった。



・・(以下・。アーラヤ識・薫習など・・)



・・これらは生身から生ずるわずらいを除くには、ひたすら戒にもとづく修行しか方法が無いことを教えているのである。




14 ブッダになるために  から
・・仏教の基本には、つねにブツダになることを目的にした教育があるといえる。出家者であろうと在俗の人であろうと、必ずいつかは遅かれ早かれ、ブツダになれると教え、だから戒を守り、日々の生活態度や考えが極端に走ることなく、バランスのとれた状態を保てるように心がけるべきだとさとすのが仏教である。中道の生活が教育の目的である。



・・仏教の教育法は一つ一つの戒を理想の状態へ導く飛び石のごとくに考え、それを一つ一つ習慣づけて行くことを教えるのである。ただ知識を与えるだけでなく、それを実践のうえで慣れ覚えさせるところまで導くことが教育だとされている。



・・しなければならないことを習慣づける前に、してはならないことをしなくなるように習慣づけることが仏教の戒のあり方である。



・・釈尊は、すべて悪しきことをなさず、善いことを行い、自己の心を浄めること、−−これが諸の仏の教えである。



・・頭で覚えるより身体で覚えろが仏教の教育方針である。



・・相手に応じて一つの教えは種々の方便をもって説かれるが、相手がそれを実践のうえで戒をして修得すれば、教えは再び説く必要はなくなる。行いが、動きが、はたらきがすべて教えそのものとなるのだから、経文も、ことばも用いる必要はなくなる。ここの境涯に達した人こそ、ブツダである。



この文で最後は締めくくられている。

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【転載】人間釈尊の本音!「田上 太秀著 「仏陀のいいたかったこと」 。忠さんの徒然草 より。

2009/07/10 08:26
私が迷路に差し掛かったとき、読み返す本があります。

それは、「田上 太秀著 「仏陀のいいたかったこと」。

この本をブログのお友達の方に紹介しましたところ、わかり易く、記事に書いてくださいました。
多くの皆様にご紹介したいと思い、ご本人の了解を得まして、ブログと同じように、三回に分けて転載いたします。


忠さんの徒然草 → http://blogs.yahoo.co.jp/tzhosono より。


*******************************


人間釈尊の本音!「田上 太秀著 「仏陀のいいたかったこと」」 
その二/三 その一/三、その二/三、その三/三と分けてUPします。よろしくお願いします。
その一/三から、再掲載



出版社の内容紹介に、この本の意図するところが良く出ている。



***
釈尊の入滅後、仏教は各地へ伝播しやがて6世紀には日本へも伝来した。しかし、インドと遠く隔たる日本へ遥かな歳月をかけて到達したのが、釈尊の説いたままの仏教であったかと問えば、答えは否である。
釈尊はもともと何を教え、どこへ導こうとしたのか?偶像ではない人間釈尊の言と行とに、その本音を探る。
***



余りに多くの事柄が次々と展開されるので、気になるところを引用していると、それこそキリが無いので、ほんの僅かだけにします。



が、が教えられるところが多々ある。改めて釈尊自身は何を語り何を教えようとされたのかを知る良書ではなかろうか。




僕が借りている本は昭和58年の1800円の本ですが、月光山洗心庵さんの御紹介のように「仏陀のいいたかったこと (講談社学術文庫) (文庫)田上 太秀 (著) ¥ 924で買えます
から…お手元に置かれてもよいかも・・



著者 田上 太秀
1935年ペルー・リマ市生まれ。駒沢大学仏教学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。同博士課程満期退学。駒沢大学仏教学部教授。駒沢大学禅研究所所長。文学博士。著書に『禅の思想』『禅語散策』『道元のこころ』『仏陀臨終の説法──完訳・大般涅槃経』(全4巻)『仏教の世界』『釈尊の譬喩と説話』『四十二の教訓──四十二章経を語る』『迷いから悟りへの十二章』等多数。



目次

  1 インドにも「諸子百家」がいた・・=こちら=

2 釈尊の立場と伝道・・・・・・・・・・=こちら=
3 過去の因習を超える・・・・・・・・・=こちら=
4 日常生活に根ざした教え
5 男女平等を説く
6 国家・国王との関係
7 俗世と出家
8 霊魂を否定し、無我を唱える
9 ブッダになることを教える
10 出家者の正しい生活態度
11 釈尊後の仏教
12 大乗仏教の誕生
13 意識下の世界を見る
14 ブッダになるために



*****以下 その二/三 本文******



4 日常生活に根ざした教え  から
・・今日、残されている文献を読むと、確かに出家修行者に対して説かれたものにはどうも在俗者には理解しがたく、かつ実効不可能なものがある。だから、仏教文献を読む時には、出家修行者向けの教理と在俗者向けの教理というように分けて、理解しなければならない。



・・人々に開示した実践倫理は、悪を止め、善を作すという倫理であった。・・古今を通じて永遠の、そして誰にも通用する理法に則った実践倫理を、釈尊は、求めていたのである。



・・その実践倫理は、釈尊以前にすでにブツダとなっていた人たちから伝えれてきたと言われる。(七仏通戒偈)諸悪莫作 衆善奉行 自浄其意 是諸仏教・・この七仏通戒偈の教えるところは、実践倫理の原点であり、普遍的な教理である。・・ここに仏教の原点がある。



・・釈尊は欲を肯定も否定もしなかった。肉体的なもの、精神的なものを含めて、人の欲に、良い欲、悪い欲というものが本来あるわけではない。その欲がバランスをくずして極端に走った時にそれが悪い欲になるのである。・・



・・極端な行為は人の道をはなれることになると釈尊は考える。このように人の欲は肯定も否定もされていない。それは人の生きる上で身体的、精神的に補足するべきものを求める行為であるから・・・過ぎない、控えめという行為である。



・・根本倫理は五戒・生き物を殺さない・盗みをしない・不倫な性行為をしない・嘘をつかない・酒を飲まない



・・五戒その他の倫理を実現されるために・八正道・・・釈尊は、八正道を自分の独創した実践体系であるとも、又自分がはじめて歩いた道跡であるとも述べていない。



・・「中」の生き方、考え方が八正道の立場である。・・禁欲つまり欲を否定する考え方は何もない。極端に走らないことが正しいのであって・・釈尊は、つねに「中」の立場からものを見たのである。



5 男女平等を説く  から

・・仏教の経典には、女性蔑視の文句が多いことは認められる。しかしそれらは釈尊はの言葉でないことを、まず知っていただきたい。それは、のちに述べるように、仏教教団のお家の事情から、釈尊の死後、数百年後の弟子たちが釈尊に託して語らせた言葉である。



・・仏教では母は常に父より先に述べられている。・・ところが、中国にこれらインドの仏教に関する文献が将来され翻訳された時、「母父」は「父母」と翻訳されてしまった。



・・(尼僧教団の誕生など・・)



6 国家・国王との関係  から
・・仏教では、要するに国王は民衆の衆議によって推挙された人で、税金によって雇われている者と考えられた。彼は人々の生活の安定を守るために選ばれたものであり、一方民衆は、かれに各自の権利を譲渡し、人々を拘束する権利を付与した、というのである。



7 俗世と出家  から
・・(真理の言葉第16章を引用して)このように出家生活は、自分の場を定めない、そして愛するものをつくらない生活であった。・・弟子には、一人だけでサイが広野をただ一頭で闊歩するように遊行せよと教えている。



・・出家生活は乞食の生活である。仏教の出家者は一切の生産活動を禁じられていたので、信者の布施に頼るしか食物を得る方法はなかった。



・・出家者は心を耕作する人である。大地なる心を智恵をもって耕し、信という種子をまき、戒という雨をもって潤し、散乱しがちな心を禅定という縄で縛り、正しい分別にもとづいて自分の心を鞭打ち、放逸の無い努力という牛に引導されて悟りへ向かう修行が、乞食出家生活である。



・・出家生活は、インドでは、いわゆる隠遁生活ではなかった。出家生活が、単なる精神面だけでなく、あらゆる面で世俗と断絶した生活と考えられるようになったのは、仏教が中国や日本に伝わってからである。



・・インドの仏教教団では・・乞食は大事な修行と考えられ、乞食行と呼ばれた。乞食するにも規則がつけられるほどであった。それはちょうど中国の禅宗で耕筰勤労が大きな比重をもつ修行と考えられたのと同じである。



・・釈尊時代には、出家者は乞食行を通じて、在俗信者は布施行を通じて相互に接触し、それぞれが善根功徳を積むということができるという関係になっていたようである。



・・釈尊はこだわりの心、とらわれの心をなくせと言った。欲望を捨てろとは言わない。欲望から遠く離れろと教えた。「滅欲」ではなく「離欲」を教えている。



・・釈尊は極端に走ることを禁じた。中道とは、あらゆる行為の行き過ぎを戒めた「遠離」の生き方であった。



・・釈尊は自ら手を下して魚や羊を殺して料理しない限り、つまり布施によって得た肉料理を食してもよいということになっていた。肉食する坊主を「生臭坊主」と言うが、仏教本来の意味では、戒律を守らない僧侶をいい、肉食の僧侶を指すのではない。



8 霊魂を否定し、無我を唱える  から
・・釈尊は世界は機縁によって生成していると考えた。神も不滅原理も立てず、ものは種々の機縁の作用によって結果するというのである。そして、それぞれの機縁もまた他の機縁によって生成しているのであり、世界中にあるものに機縁によらないで存在するものは一つとして無いと考えた。



・・では機縁となるものはどのような存在かといえば、仏教では、ものはそれ自身の固体的実態をもたないと教えている。ものそれ自身を特徴づける自我、恒存的な実体がないということである。これを「空」と表現した。



・・この考えから、仏教はものが心にとらわれてはならないという実践倫理を説いた。ものは本来空であるから、いま形あるものにしがみつき、永久にそうあってほしい、こうあってほしい、あるいはこのままの状態が続いてほしいと念願、希望、予想をもって執着しても、いずれ、それらは遅かれ早かれ、裏切られてしまう。したがってものに執着する観念を捨て去れと教える。



・・仏教は、人間を構成する要素を五つと考え、これを五蘊と呼んでいる。・・「泡沫」と題する経には、五蘊は本来空であることを、泡の群れ、水泡、かげろう、芭蕉、魔法というたとえで表現している。(相応部経典巻三)



・・五つの要素の集まり、それらが機縁となって人身は生成するというのが釈尊の考えである。この霊魂否定の思想を無我説という。



・・釈尊の五要素説は本来空という考えに立っているから、死後存続するものは何一つない。したがってそこから霊魂不滅説は生まれてこないのである。



・・釈尊は世界の成立を論ずる暇があったら、生きている間に自分の悩みや苦しみを解決することに専念せよと教えている。現世利益を与えることがかれの伝道の主眼であった。



・・では輪廻を否定したのだろうか。そうとも言い切れない。・・法句経22章地獄に落ちる・・26章現世・来世・・前世・天上・地獄・・ではいったい何が輪廻するというのだろうか・・



・・釈尊は行為(業)によって輪廻すると考えた。先に述べた行為の善悪が霊魂に付着して輪廻の中に報いを受けるとする行為とは異なる。この行為は祭祀の行為であって、正しく祭祀を行う事が善業でその反対は悪業となる。善業によって生天できるというものであった。



・・釈尊の言う行為は、身・口・意の三つの行為で祭祀の行為ではない。自分自身、人の道をしての教えに則り、身、口、意を制御して正しく中道を歩むことが善業というのである。・・
ものの生起はすべて機縁によるとされ、持続して過去から現在、そして未来へと存在する不滅の主体がそこにあるとは考えられていない。



・・十二縁起がある。これがいわゆる輪廻の仕組みを教えているといえよう。



・・人は愛執によって何かの行為を起こし、その善悪の積み重ねを繰り返し、習慣力としての業をつくる。その業が世界をつくり、人を形つくるというのである。ものの輪廻は、すべて業に促されて、いろいろな機縁の助けを得て現象するというのが、釈尊の考えであった。



・・輪廻転生の生存は、火が燃え移ることにたとえられている。この考えは龍樹にも見られる。

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人間釈尊の本音!「田上 太秀著 「仏陀のいいたかったこと」 転載記事より。

2009/07/09 08:55
私が迷う迷路に差し掛かったとき、読み返す本があります。

それは、「田上 太秀著 「仏陀のいいたかったこと」。

この本をブログのお友達の方に紹介しましたところ、わかり易く、記事に書いてくださいました。
多くの皆様にご紹介したいと思い、ご本人の了解を得まして、ブログと同じように、三回に分けて転載いたします。


*******


忠さんの徒然草 → http://blogs.yahoo.co.jp/tzhosono



人間釈尊の本音!「田上 太秀著 「仏陀のいいたかったこと」」 その一/三 傑作(0)
その一/三、その二/三、その三/三と分けてUPします。よろしくお願いします




6月の半ばに月光山洗心庵さんのブログで御紹介いただいた本です。




出版社の内容紹介に、この本の意図するところが良く出ている。



***
釈尊の入滅後、仏教は各地へ伝播しやがて6世紀には日本へも伝来した。しかし、インドと遠く隔たる日本へ遥かな歳月をかけて到達したのが、釈尊の説いたままの仏教であったかと問えば、答えは否である。
釈尊はもともと何を教え、どこへ導こうとしたのか?偶像ではない人間釈尊の言と行とに、その本音を探る。
***



余りに多くの事柄が次々と展開されるので、気になるところを引用していると、それこそキリが無いので、ほんの僅かだけにします。



が、が教えられるところが多々ある。改めて釈尊自身は何を語り何を教えようとされたのかを知る良書ではなかろうか。





僕が借りている本は昭和58年の1800円の本ですが、月光山洗心庵さんの御紹介のように「仏陀のいいたかったこと (講談社学術文庫) (文庫)田上 太秀 (著) ¥ 924で買えます
から…お手元に置かれてもよいかも・・




著者 田上 太秀
1935年ペルー・リマ市生まれ。駒沢大学仏教学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。同博士課程満期退学。駒沢大学仏教学部教授。駒沢大学禅研究所所長。文学博士。著書に『禅の思想』『禅語散策』『道元のこころ』『仏陀臨終の説法──完訳・大般涅槃経』(全4巻)『仏教の世界』『釈尊の譬喩と説話』『四十二の教訓──四十二章経を語る』『迷いから悟りへの十二章』等多数。




目次

  1 インドにも「諸子百家」がいた

2 釈尊の立場と伝道
3 過去の因習を超える
4 日常生活に根ざした教え
5 男女平等を説く
6 国家・国王との関係
7 俗世と出家
8 霊魂を否定し、無我を唱える
9 ブッダになることを教える
10 出家者の正しい生活態度
11 釈尊後の仏教
12 大乗仏教の誕生
13 意識下の世界を見る
14 ブッダになるために



何時ものように幾つかの文を・・で引用させていただきます。




まえがき  から
・・インドでは釈尊(仏陀)の説法を集めたもの(経蔵)、戒律を集成したもの(律蔵)のほかに、教理を研究しした論文集(論藏)があり、さらには偽作の経典があり、それらを注釈したものも残っている。写経したものも多い。



・・膨大な仏教文献中の仏教思想は多種多彩である。このためどれが釈尊の眞説なのかわからない人が多いのではなかろうか。「・・・経」と書いてあれば、みな釈尊の説法だと信じている人がいるのではなかいか。



・・著者はそこで偶像化した釈尊ではなく、体臭が感じられるほど身近な釈尊を描こうとした。かれはわれわれに何を教え、どこへ導こうとしたのかを知りたかったからである。信仰対象ととしての釈尊はもういらない。彼が残した法(真理・教え)を知りたい。それを生き方・考え方の支えにしたいのである。じつはそれこそがわれわれの信仰対象でなければならないからである。



・・釈尊自身を生の人間として取り扱い、本書のような問題を正面から取り上げたものはなかったと思う。「仏陀のいいたかったこと」と題したのは、人間釈尊の本音はどこにあったかを論じたかったからである。かなり問題視される個所もあるが、ご意見・ご叱正を仰ぎたい。



1 インドにも「諸子百家」がいた  から

・・(六師外道の学説など)省略



2 釈尊の立場と伝道  から

・・釈尊は、苦行によって死に至ることが称賛される風潮に疑問を持ち、死んでしまっては安らぎを生きていく上で体験することはできないと考えた。生きながらにして安らぎを得るには、肉体も精神も一つに考え、それぞれが健康でなければならない。肉体が衰えれば精神も鈍ってしまう。そこで釈尊は物心二元論に立って人間を考える事を止めた。当時の修行者たちの中にあった物心二元論のうえに立った修業の方法を捨てたのである。



・・ヨーガ禅だけで世界の真理を発見することはできない。真理を知るためには智恵を身につけなければならない。・・ヨーガ禅に加えて、論理的な構築を智恵の眼をもって行って、はじめて真理が把握されると釈尊は考えた。



・・自信を持って確認した真理とは何であったのだろうか。
それは「法」であったと考えられている。あらゆるものの規範となり、秩序をなり、規矩基準となり、いつの時代にも、誰にも支持されるものである。「法」によって縁起の法則が啓示される。縁起の法則は釈尊によって発見される以前からあったもので、彼によって案出された思想や法則ではない。しかし、釈尊はその法を悟り、体得した唯一の人であった。



・・釈尊は、このように教養人も文盲も、富豪も貧者も、善人も悪人も、老若男女あらゆる人々を説法の相手とした。したがって説法には用意周到な方便が用いられている。それは相手の性質、能力に応じた説法、つまり対機説法であり、応病与薬の説法である。
これは、秘密裡に行われるのを常にしたバラモンたちの真理伝授の方法と対照的である。



・・(伝道の過程で、火を崇拝するバラモン教団500人が帰依する。マガダ国王が帰依する、六師外道の弟子たちからも帰依する、・・・)



・・今の自分がさまざまな行為を日々積んでいる。この積み重ねによって生み出される結果は何であるかも自分のまた知る事が出来ないところのものである。原因と条件の相乗作用によってもたらされる結果は早く感受するのか遅く感受するのか、それもわからない。今世で感受するかあるいは死後に持ち越されるかも、今だ自分にはわからない。・・今の自分と今の修業はまさに原因と条件となり、これが何らかの結果を早くであれ遅くであれ、今世であれ来世であれ、もたらすことは考えられよう。



・・釈尊が尼僧教団を認めた決断の裏には「法」のもとにはいかなるものも平等であるという信念があった。神の前にではない。神の前では人は不平等に取り扱われていた。しかし「法」の前ではみな差別がなかった。つねに「法」を説く「道の人」であったからこそ、出来たはからいである。



・・臨終に当たり、釈尊は自分は「正理(正しいことわり)と法にそって歩んで来た」と述べ、そこにこそ「道の人」があると結んだ。自分の説示した教えを実践せよとも勧めもしなかった。また自分を教団の指導者だと述べたことも、考えたこともなかったと言う。



3 過去の因習を超える  から
・・仏教教団はバラン教で行うような通過儀礼にかかわる祭祀儀礼をもたなかった。葬儀、年忌などは世俗的なことだいう考えから、仏教修行者はこれらの行事には関与しなかった。特に葬儀に積極的に関与し、先導的役割あるいは職業化した関与などは、全くなかった。



・・(相応部経典巻四・西土の人を紹介して)バラモン教の司祭者たちが行っている呪術や祈願などがいかに不合理であり、迷信的信仰あるかを、たとえでもって批判しているのだが、実はこの内容は、現在の仏教批判にも通じるのである。釈尊は、今日の仏教界のあり方を見て、なんと判断するだろうか。



・・釈尊は、「呪文を唱え、合掌して、祈願をいくらしても、それが何の効験を現わすというのだろうか」という。



・・このような迷いから目を覚ますことを釈尊が教えていることに、仏教徒はもっと注目すべきである。釈尊は、すべての苦しみや楽しみは自らの行為によって招かれたものであって、呪術や祈祷によって左右されるものではないと教えている。



・・釈尊は、人間の性を善とも悪とも説かなかった。人間の本性について、それがブツダの本性であるとも、又反対に、悪魔の性質であるとも説法したことはない。これは、仏教の人間観を理解するうえで、つねに注意すべき点である。



・・(カーストについて述べて)釈尊がこの制度を社会通念として否定したとは考えられない。・・釈尊は、制度自体の廃絶ではなく、その中に生活する各個人の人間性の確立を訴え、個人の心の解放を求めて、法を説いたと考えられる。



・・ただ、教団の制度は平等主義であったが、釈尊が入滅した後、仏教教理の中に人間差別の思想が生まれてきたことを見過ごしてはならない。


*******
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一日僧、尼僧体験のお知らせ。

2009/07/06 05:45
画像







『僧、尼僧体験』。



一日尼僧体験を行なってます。


開催地は関東(日光)です。


写経はしません。





本年度後半の僧、尼僧体験は10月18日を予定しています。


定員は5名です。(個人で行なっていますので。)



参加ご希望の方はご連絡下さい。


『僧、尼僧体験』のHPはこちらです。


http://nisou.com/1nisou.htm



プロフィールはこちらです。


http://nisou.com/profile.html











【心に寺を建てよう】

月光山洗心庵&高百不動等泉寺

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栃木県日光市瀬尾3228
電話 0288−21−7338
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食作法(じきさほう)

2009/07/03 06:10
〔五観〕

一つには功の多少を計り、彼の来処を量る。

二つには己が徳行の全闕多滅を計る。

三つには心を防ぎ、過を離るること三毒に過ぎず。

四つには正しく良薬を事として、形苦を救うことをとる。

五つには道業を成ぜんが為なれば、世報は意に非ず。







まず、五つのことを思いましょう。


一、「このように、衣食住になに不自由しないということは、そのかげに多くの人々の労苦あってのことです。
その恩に感謝しましょう。」


ニ、「自分はよいことをどれだけしてきたか、反省してみましょう。」


三、「どん欲な心、真理を知らない心を捨てましょう。」


四、「自分というものをわきまえ、今の生活に満足し、よこしまな勝手な欲を捨て、食べ物は何よりの良薬と思いましょう。」


五、「世のため、人のための行いをすることを心がけ、勝手気ままな生活をあらためましょう。」





〔誓願〕

一切の悪を断然が為め

一切の善を修せんが為め

一切の生を度せんが為め

仏道に回向せんが為め




〔唱和〕

「この食のくるところを思い、おのがわざ(罪)の多きと少なきとをはかり、さとりの道を成しとげんがために、今この食をうけん。いただきます。」



合掌












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【お知らせ】   『生き方塾』五百縁の会  9月開催のお知らせ。

2009/06/30 13:40
【お知らせ】   『生き方塾』五百縁の会  9月開催のお知らせ。


生活のこと。
健康のこと。
仏事、戒名、位牌、お墓のこと。
いま、現実にどうしていいのだろうかと、
迷っていること、悩んでいることを、
相談できる会です。


〔日時〕平成21年9月27日(日曜日)午前10時より16時まで。

〔参加費〕500円

〔場所〕大念山正福寺(宗教法人両願寺別格本山)
http://ryouganji.or.jp/
〒329−3156 栃木県那須塩原市方京3丁目18番9

電話 0287−67−1144
FAX 0287−67−1145



〔問い合わせ、連絡先〕

参加されます方は、事前にメールにてご連絡下さい。

〔主宰人〕心に寺を建てよう「月光山洗心庵」庵主菅原道陽
http://nisou.com/

メール info@nisou.com






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自分が変れば、周りも変る。

2009/06/29 06:40
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写真は平成19年秋の高百不動等泉寺護摩に現れた炎仏です。



太鼓の手を休め、道陽が撮影しました。


護摩の炎には龍の姿が現れる、と行者間ではいわれてますが、炎仏が出現するのは極めて稀です。



この炎仏の出現により、私こと道陽は目指す道をハッキリと知らされました。



炎仏の手のひらをご覧ください。



珠があるのがわかりますか。



珠はキラキラと輝いています。



炎仏が手中にした珠は、魂の珠。



己自身の魂をこの様に磨きゆけ、との教示であります。



そして、誰でも我が心の球は、自分次第で磨くことができる。



つらい、つらい、と嘆いている人も、 あの人がこのひとが、と他に責任を持っていく人も、

足りない、足りない、と不足を愚痴る人も、

あの人嫌い、この人嫌いと分ける人も、
空っぽだと言った人も、空っぽだといわれた人も、

金持ちも、貧しい人も、
エリートの仕事についている人も、3Kの仕事についている人も、

引きこもりの人も、心病む人も、



みんな、みんな、自分が持っている心魂の球を磨くことができる。



キラキラと磨き上げ、輝かせていく努力をするのは、自分自身。



そうして、内部からキラキラと輝いて、自分から変わっていけば、いつしか周りも変化する。



周りが変わらない、と嘆いているより、自分自身が善い方へ変わっていけば、周りも必ず変わっていきます。



平成19年の秋に現れた炎仏は、心の在り方を、ハッキリと私、道陽に見せてくださり、今まで漠然としていた佛法の道を確信として下さいました。



そして、はっと気がついたことがもう一つ、

それは、帰依した者(得度者、僧侶)こそ、心魂の珠を率先して磨く努力をする事。



私の心に寺を建てようの意は、炎仏の手にした宝珠にある。


一人一人の帰依者(得度者、僧侶)が己の内の宝珠を、輝かせる努力を惜しみなくしよう。



心に寺を建てる、とはそういうことではないかと、覚りました。



自分が変われば周りも変わる。



己の内なる輝きが周りをも照らす。



炎仏が心の珠の所在を知らしめてくださったのです。



ありがとうございます。





金剛合掌








天台三井本流

沙門 道陽 尼












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数珠の扱い方

2009/06/26 19:42
画像



上記写真の数珠をいらたか念珠といいます。

数珠は宗派によって長さも珠の仕様も違います。

私どもの三井本流ではこのいらたか念珠を使用いたします。

数珠の長さは、一尺二寸〜一尺三寸ものです。

天台数珠の場合は、房についている小さな珠が、片方の端に20個ついています。

これで、真言の数を何回となえたか、数えます。



画像



長い数珠の場合、すり合わせるのに扱いにくいものです。

数珠は小さい玉が20個ついている側を右手中指にかけます。

珠のついていない房を左手人差し指にかけます。

このときに、数珠が一ひねりしてあると、数珠をする併せたときに、うまくすり合わせられます。



画像



一ひねりした数珠を上記写真のように、掌の中にまとめいれ、両掌でジュリジュリジュリとすり合わせます。



画像



使用しないときに、三そうにして(写真のように)置きます。


注意点としまして、数珠の扱い方は各宗派によって違いますから、導師に指導を受けられてください。
この図解はあくまでも、三井本流両願寺の扱い方です。


合掌







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気づくチャンスを与えられている。(心の寺を建てようからの転記です。)

2009/06/20 03:01
「人は死んだらどうなるの?」にありますように、人間は死んでも、懺悔の旅をする。

懺悔は何故するか。
悪いことをしてしまったからなのか。

懺悔は心魂の浄化なのです。

自らの過ちに気がつき、一つでも是正する。

死んでからも各大王や仏様たちの前で、現世の罪とがをさらけ出させられる。

これは、言いたくないこと、吐き出したくないこと、心のひだに潜んだ罪とがのすべてを出して、心魂の浄化をするわけです。

四十九日の冥土の旅は心魂の懺悔浄化の旅路でもあるわけです。

そして、仏様の国で心魂磨きの修行訓練を積み直し、再びこの世へ生まれ変わりますが、残念なことに人間は育つ過程で、浄化されたはずの心魂が、徐々に汚れていきます。

お釈迦様は人間を蓮の華にたとえ、人間が生きる社会を蓮田にたとえました。

蓮田は現世。この世、娑婆世界ともいいます。

心魂は生まれ変わり、蓮田に種が落とされます。

そして、お釈迦様は諭されます。
「蓮田の汚れに染まらないように。」

さらにアドバイスをされます。
「一輪一輪、同じではないよ。」

隣に咲く蓮の華、向こうに咲く蓮の華。それは自分ではないのだから、羨ましく思うことはない。

自分を蓮田の汚れに染まらずに、凛として咲いていけばいいのだよ。

しかし、人間は咲く過程が心配で、気がかりで、あっちの華やこっちの華が気がかりとなったり、蓮田の泥にまみれたりしがちです。

そんな蓮田にも様々な気づきのきっかけがあります。

そのきっかけに気づき、咲く方法が違っていることに気がつけば、蓮田という娑婆世界で、周りからの泥もかぶらずに、また、自らも萎えずに凛として咲くことができるようになります。

この世でも自分を見つめ直すチャンスがある。

あの世でも自分を見つめ直すチャンスがある。

そのチャンスに気づくか気づかないかは、自分自身であるわけです。

気がつかなければ、幾度でも六道輪廻を旅します。

自分直しのチャンスに出会って、善行を積み、直行便で極楽行きの切符を手にしたいですね。



合掌











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【お知らせ】場所変更について。  ∞「生き方塾」ご百縁の会∞第5回目

2009/06/19 08:17
生き方塾」ご百縁の会∞第5回目∞の場所の変更のお知らせです。




突然ですが、【お知らせ】∞「生き方塾」ご百縁の会∞第5回目の場所を変更いたします。


変更先→高百不動等泉寺 http://www.nisou.com/tousenji/


栃木県日光市瀬尾3228
電話 0288−21−7338

時間は午前10時から午後16時までを予定しています。



変更事由は、等泉寺の山道が強雨のために傷み、補修工事を急いでしなければなりませんので。



突然の場所変更で申し訳ございませんが、生き方塾にご参加希望の皆様、なにぶんともよろしくお願い申し上げます。


こちらを以って連絡とお詫びをさせていただきます。


合掌




〔問い合わせ、連絡先〕

参加されます方は、事前にメールにてご連絡下さい。

〔主宰人〕心に寺を建てよう「月光山洗心庵」庵主菅原道陽
http://nisou.com/

メール info@nisou.com
菅原道陽まで











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【お知らせ】∞「生き方塾」ご百縁の会∞第5回目

2009/06/15 07:46
【お知らせ】∞「生き方塾」ご百縁の会∞第5回目

生き方がわからない世代が増えてます。
人間関係、家族関係、人とのコミュニュケーションがとりづらい、
または、経済のこと、仏事のこと。
生活の中で見渡せば、わからないことだらけ。

わかってしまえば、悩んでいることが軽くなります。

そんな方のためのアドバイス塾。

構えないで、ゆっくりお話をされていってください。

誰だって苦しいことや悩みもあります。
昔は井戸端会議というもので、ストレスを発散していましたが、現代はありませんね。

四方山話をしながら、生き方を知ることも必要ではないでしょうか。



また、遠方で参加したくとも参加できない方の為に出張もいたします。
何人かお集まり下さい。
但し、交通費や宿泊が必要な場合は、お呼びくださった方のご負担とさせていただきます。

いま、生きていることに不安をもたれている方。
どうして生きているのかわからない方。
どんな些細な悩みでも心を開いてお話しましょう。





〔内容〕
生活のこと。
健康のこと。
仏事、戒名、位牌、お墓のこと。
いま、現実にどうしていいのだろうかと、
迷っていること、悩んでいることを、
相談できる会です。


〔日時〕平成21年6月21日(日曜日)午前10時より16時まで。

〔参加費〕 500円

〔場所〕  大念山正福寺(宗教法人両願寺別格本山)
      http://ryouganji.or.jp/
〒329−3156 栃木県那須塩原市方京3丁目18番9

電話 0287−67−1144
FAX 0287−67−1145



〔問い合わせ、連絡先〕

参加されます方は、事前にメールにてご連絡下さい。

〔主宰人〕心に寺を建てよう「月光山洗心庵」庵主菅原道陽
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メール info@nisou.com
菅原道陽まで





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声明。〔迦陀〕のご紹介

2009/06/09 20:43





こちらHPの中の〔迦陀〕をクリックしてください。


http://nisou.com/otera.html







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初めて聴いたコーラス ...
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虫退治!! 【疳の虫(かんのむし)切り講座】

2009/06/06 11:27
【疳の虫(かんのむし)切り講座】   受講生募集



イライラ、ムカつき、キレル。

ちょっとしたことで癇癪を起こしやすいのは、
体の中に疳の虫(かんのむし)がいて、その虫が騒ぐからと起きる、古来よりいわれています。

疳の虫切り、疳の虫除を修得したい方、伝授いたします。

研修する方の個人差もありますので、個人の資質をみながら指導いたします。

詳細はお問い合わせ下さい。



〔問い合わせ。連絡先〕



メール info@nisou.com

宗教法人両願寺分院 月光山洗心庵    


http://nisou.com/
http://nisou.com/tousenji/
電話 0288−21−7338




**ほんとにその虫いるのかなあ、と誰もが思います。
写真は疳の虫切りを修法しました方からでてきた疳の虫です。

画像







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山寺雑記のサーバー変更のお知らせ。

2009/06/01 09:58
長年続けてまいりました尼僧道陽の山寺雑記のサーバー元より、下記のお知らせがありました。

<<【CGIBOYの日記帳お知らせ】
《サービス終了までの予定》

■日記帳/日記のススメ

・日記帳の日記更新の終了
 2009年6月1日(月)をもって、日記の更新(日記書き込み等管理ページでの作業)を
 終了とさせていただきます。

・サービスの終了
 2009年6月30日(火)14時をもって、CGIBOY 日記帳/日記のススメを終了とさせていただきます。

※日記帳のデータを他サービスにデータ移管することはできませんので、ご注意ください。
※必要な日記帳のデータにつきましては、ユーザ様のパソコン等に保存していただきますよう
 お願いいたします。>>




ということで、急遽、新山寺雑記をどうするか。
一日たりとも休みたくない、ですから、
ライブドアーのブログを新山寺雑記に変更することにしました。



アドレスはこちらです。  http://blog.livedoor.jp/tousenji7/ (尼僧の新山寺雑記)。


これからもよろしく、お願い致します。



合掌


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声明のご紹介

2009/05/29 07:20
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どうぞ、こちらで、その音律をお楽しみ下さい。
心静める音律ですよ。


http://nisou.com/otera.html  から、



こちらをところをクリックしてください、と表示されているところをクリックしてください。



合掌
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一日尼僧体験について。

2009/05/25 09:01
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一日尼僧体験についてのお問い合わせメールがあります。


私の一日尼僧体験は、ご先祖様のご供養の仕方についてを中心に行なっています。


小さい寺で交通の便も悪いことから、電車でこられる方は日光駅まで、お迎えに参ります。


持参するものはなにもありません。みな、こちらで用意いたします。


時間は朝、9時か9時半までに日光へ着いてください。
終了は午後4時くらいです。


日時ですが、寺の法務と重なり合わないときに行なっていますが、
今年(平成21年度)は、生徒さんたちの指導に重点をおいていますので、
今年の予定日時は一応決めています。(平成21年10月18日)

申し込んだからと、すぐに体験ができるものではございませんので、ご了承下さい。

一日尼僧体験の募集人数は5名様までです。

多くの方を一度にご指導できませんので、ご了承下さい。

午前中は雨で無い限り、日光の史跡を散策しながら、仏教の歴史、
宗派の成立、祖師様たちの話などをいたします。

午後は昼食後、尼僧体験です。
女性でなく、男性の方の僧体験も受け付けていますので、
どうぞ、遠慮なくお問い合わせ下さい。


一日尼僧体験のHPはこちらです。 http://nisou.com/1nisou.htm

私の紹介はこちらです。 http://nisou.com/profile.html
有名人ではありませんので期待しないで下さい。
仏様との橋渡しの役目、雑用が係りでございます。




不備な点などもございますが、一人の尼僧が自力で行なっていますので、
不備なこと、不満足なことはお許しくださいませ。合掌





心に寺を建てよう∞∞∞月光山洗心庵&高百不動等泉寺∞∞∞
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掲示板相談について

2009/05/23 06:45
平成10年頃から、人生相談、悩み相談を行なってきました。

メール相談は夜中や明け方にあることも。

そして、“死ぬ。”と、メールしてきた方には、
遠方であっても自費で会いに行きました。

多くの人の話を聞いて差し上げたいけれど、
SOSを求めてくる方は大勢、私は一人。

分身の術ができたなら、なんて考えたことがありました。

それで、多くの方の話を聞く場として、「生き方塾」五百縁の会をはじめました。

いまは、那須塩原にある大念山正福寺をお借りして、はじめています。


そして、掲示板相談はこちらで行なっています。

http://www.otera.net/doyu/ 「道陽のドンとまいんど」



こちらの掲示板は数年前に道由様から引き継ぎました。

掲示板のお返事は少々遅れます。

公開掲示板では荒れることがよくありますが、
そういうことの無いようにしております。


心が安心を得ますように、ささやかなお手伝いをこれからもしてまいりたいと思います。

よろしくお願い申し上げます。


合掌










心に寺を建てよう

宗教法人両願寺分院 月光山洗心庵

庵主  菅原 道陽


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【お知らせ】∞「生き方塾」ご百縁の会∞第5回目

2009/05/20 15:04

【お知らせ】∞「生き方塾」ご百縁の会∞第5回目



〔内容〕
生活のこと。
健康のこと。
仏事、戒名、位牌、お墓のこと。
いま、現実にどうしていいのだろうかと、
迷っていること、悩んでいることを、
相談できる会です。


〔日時〕平成21年6月21日(日曜日)午前10時より16時まで。

〔参加費〕 500円

〔場所〕  大念山正福寺(宗教法人両願寺別格本山)
      http://ryouganji.or.jp/
〒329−3156 栃木県那須塩原市方京3丁目18番9

電話 0287−67−1144
FAX 0287−67−1145



〔問い合わせ、連絡先〕

参加されます方は、事前にメールにてご連絡下さい。

〔主宰人〕心に寺を建てよう「月光山洗心庵」庵主菅原道陽
http://nisou.com/

メール info@nisou.com
菅原道陽まで

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疳の虫(かんのむし)切り講座研修生募集 平成21年度生募集

2009/05/11 10:22
疳の虫(かんのむし)切り講座研修生募集 平成21年度生募集




「人に修法施さんとするものは、自らの心を浄化正道し、慈悲慈愛の信念を持つべし。」



疳の虫切り、疳の虫除を修得したい方、伝授いたします。

研修する方の個人差もありますので、個人の資質をみながら指導いたします。
詳細はお問い合わせ下さい。


画像


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疳の虫(かんのむし)とは。

イライラ、ムカつき、キレル。
ちょっとしたことで癇癪を起こしやすいのは、
体の中に疳の虫(かんのむし)がいて、
その虫が騒ぐからと、古来よりいわれています。



ほんとにその虫いるのかなあ、と誰もが思います。
写真は疳の虫切りを修法しました方からでてきた疳の虫です。

修法を受けてすっきりしたという声が多数ございます。

疳の虫(かんのむし)切り、または、疳の虫除は極めて簡単な修法ではありますが、
「心霊」に関わるものでもありますので、面白半分、遊び半分で行なってはなりません。


「人に修法施さんとするものは、自らの心を浄化正道し、慈悲慈愛の信念を持つべし。」

他に加持祈祷や浄霊等の修法をするものは、自らの心を懺悔し清め浄化し、
他を思いやる心をもち、慈悲慈愛の信念を常に持つ人となるよう精進する。

合掌



〔問い合わせ。連絡先〕
心に寺を建てよう メール douyou@otera.net
宗教法人両願寺分院 月光山洗心庵    
庵主  菅原 道陽
http://nisou.com/
http://nisou.com/tousenji/
電話 0288−21−7338

生き方塾(五百縁の会)第5回 平成21年6月21日
時間:午前10時より17時まで。
会場:大念山正福寺 (宗教法人両願寺 別格本山)
http://ryouganji.or.jp/
〒329−3156 
栃木県那須塩原市方京3丁目18番9
*参加されます方は事前にご連絡下さい。 douyou@otera.net


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僧、尼僧入門 平成21年度募集。

2009/04/26 07:05
僧、尼僧入門 平成21年度募集。


仕事をしながらお坊さんになりたい方。

人の役に立てるお坊さんになりたい方。


希望する事情は様々でしょう。

希望に即したお坊さんになるための道場を開いています。


但し、どのように遠方であっても面談は必要になります。


「上求菩提」「下化衆生」。

自分の心魂を磨き高めていき、また、周りの方に心からの布施奉仕のできる僧侶の育成機関です。

大きい寺のような集団での教育機関ではありませんから、なんだ、と思う方もいるかもしれませんが、

「上求菩提」「下化衆生」の信条の基に、一人一人の資質に合わせました僧、尼僧育成を行なっています。


詳細はこちらをご覧になって、メールでお問い合わせ下さい。

実践、僧入門  http://nisou.com/souikusei.html

お寺についてはこちらです。 http://nisou.com/otera.html 


研修道場は那須道場 http://www.ryouganji.or.jp/


日光道場 http://nisou.com/tousenji/ で行います。






問合せ先
******************
 

   〔心に寺を建てよう。〕両願寺分院 月光山洗心庵
   http://nisou.com/
   〒321−1264  
   栃木県日光市瀬尾2943
   TEL 0288−21−7338 
   FAX 0288−21−8373 
   info@nisou.com


 〔みんなの為のお寺〕  宗教法人 両願寺 
   http://www.ryouganji.or.jp/
   〒329−3156
   栃木県那須塩原市方京3−18−9
   電話  0287−67−1144
   FAX 0287−67−1145
 info@nisou.com

******************













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自分に気づき自分の魂磨きをするのは自分です。

2009/04/19 07:58
【お知らせ】∞「生き方塾」ご百縁の会∞第4回目



生きづらい世の中で、息苦しさを感じている方。

こんなときには誰か話を聞いてくれないかな、と思っている方。

なにか、解決方法がないかと模索している方。


「自分に気づけば、案外、心が軽くなる」。

自分に気がつくことも大事なことです。

そんなことも含めまして、

今回から、一日、ゆっくり話ができるところで生き方塾を開催することにしました。

時間は午前10時から、夕方5時まで。

東北新幹線那須塩原駅下車、歩いて15分のところにあります、
みんなのためのお寺、大念山正福寺でおこないます。



こんな悩み話してもいいのかな、と躊躇しないでお集まり下さい。合掌


*一日いますので、3時頃までお越しいただければたくさん、お話ができます。



「生き方塾」ご百縁の会 第4回

〔日時〕  平成21年4月29日(水曜日)  午前10時より17時まで。
      時間に間に合わなくとも、途中参加でもOKです。



〔場所〕 大念山正福寺 (宗教法人両願寺 別格本山)
     
     http://ryouganji.or.jp/
     

     〒329−3156 
     栃木県那須塩原市方京3丁目18番9

     電話 0287−67−1144

     FAX 0287−67−1145

     メール ryouganji@nisou.com


〔参加費〕500円


〔主宰人〕心に寺を建てよう「月光山洗心庵」 庵主  菅原 道陽
     http://nisou.com/

〔問い合わせ。連絡先〕

     メール douyou@otera.net
     電話  電話 0287−67−1144    菅原 道陽まで
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