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プロフィール

ブログ名
尼僧 道陽ブログ  
ブログ紹介
日光を拠点として、庶民の味方の寺つくりを目指している尼僧です。寺院再復興を願いながら、高百不動等泉寺と共に活動しています。

【宗派】三井本流佛心宗
【祖師】智証大師(円珍)
【所属】宗教法人両願寺
【信条】「心に寺を建てよう。上求菩提 下化衆生。 みんなの為のお寺をつくろう。」
【活動内容】☆葬儀・戒名・永代供養・仏事・墓等の相談。☆水子供養 ☆疳の虫 ☆日光遍路(来年度から)☆投扇興 ☆一日尼僧入門(プチ尼僧体験)☆僧・尼僧入門(僧侶希望の方相談どうぞ。)

【庵】 月光山洗心庵  http://nisou.com/
        
 〒3231−1264 栃木県日光市瀬尾2943
 TEL 0288−21−7338 FAX 0288−21−8373

【お手伝いしている寺】高百不動等泉寺 http://nisou.com/tousenji/

〔葬儀についての相談所(栃木)〕宇都宮市民葬祭  http://u-sousai.hippy.jp/


 
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『ネットで広げよう、『明るく元気だ輪(和)!』

2010/09/19 19:25


ヤフーブログつぶやきに書きました。
「ネットで広げよう、『明るく元気だ輪(和)!』中傷誹謗悪口は世相を暗くしてレベルを下げるからよそうね。よい波動を広げて行こうよ。 」

(あんただって書いてるじゃない!っていいこなしね。)
一人の力よりもみんなの力。

一人でも自分に気がついて、自分の人生をしっかりあるく輪!!つくりをしていきませんか?

あの人が悪い、この人が悪かった、世相が社会がといっているよりも、 自分見直しを率先して行なって、どんな辛いことにも苦しいことにも負けない免疫 をブログを通じてつくっていきませんか!?

ブログは全世界公開で、実は〜、ぐるぐるといつまでも巡っています。
ぐるぐる巡るなら、明るく元気になる巡りを発信していきませんか?

電波も通信も言葉も文字も、知らず知らずのうちに身体へ影響しています。
影響するならよいものを!!






合掌
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講演『かんの虫と心』

2010/07/03 08:26


※平成22年5月9日、東洋はり医学会の講演会(会場:日本教育会館)にて、
「疳の虫と心」の標題で講演を致しました。
東洋はり医学会の皆様、ありがとうございました。合掌






【かんのむし封じの寺】
高百不動等泉寺&月光山洗心庵
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かんの虫について。

2010/07/03 08:14


かんのむし封じ、または、かんのむし切りは、室町時代の鍼灸文献、針聞書にも乗ってます虫を、体内から追い出すことをいいます。
昭和になってから、このかんのむしは皮膚や粘膜に棲む糸条虫の一種であることがわかりました。この糸条虫が何らかの具合で、感情のイラつき、ムカつき、ストレスを増長させるのではないか、と思われます。
ここの部分の研究が進めば、現代人に多い病にも貢献できるのではないか、と思います。
かんのむし加持は数分で終わりますが、子供のかんのむしには原因しているものがあります。
それは、両親の姿なんですね。
かんのむしは決して、摩訶不思議、霊的なものではありません。
人間に棲む虫『糸条虫』というものが研究され、判明すればよいのですが。

ここのところは医学的に研究されますことを望みます。
感情の調整(コントロール)には様々な方法があります。
『自分の気づき。』
『呼吸法などを覚える。』
『かんの虫封じ、かんの虫切りなどを行ってみる。』
これで完全万全というものではありませんが、生きやすい環境を調えるのは、自分自身の姿勢です。


合掌




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28日、護摩修法しました。

2010/06/28 16:33
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高百不動等泉寺、護摩厳修しました。



毎月28日午前11時より。

どなたも参加できます。
護摩がはじまります30分前までに、参集くださいますよう、お願いいたします。



合掌







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http://tousenji.at.webry.info/

【住所】〒3231−1264 栃木県日光市瀬尾3228
TEL 0288−21−7338
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私の得度日

2010/06/25 00:26



平成3年7月28日、新得度者14名のうちの一人として、第56世門跡より得度受戒いたしました。
第56世門跡は智証大師血脈を継がれた僧侶であります。
残念ながら、平成16年9月26日ご逝去されました。

智証大師血脈はこちらをご覧ください。
http://ryouganji.or.jp/miidentou/

あることがあり、伽藍はなくなりましたが、血脈法脈は絶やすことなく継承されています。
継承者たちに付き従うのは、弟子として当然のことであり弟子としての筋です。

智証大師は天台寺門の祖であり、その血脈を継承された第56世より得度受戒を受けましたことを、ここにあらためて述べさせていただきます。
おかげさまで生かされていますことは、得度のご縁をいただいたからこそです。
このご縁をいただきましたことに心から感謝をし、これからも利他共に奉仕いたします。

得度のご縁を頂きましてありがとうございます。

合掌
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【霊壇追福】

2010/06/15 14:56




【霊壇追福】
先 護身法
次 十如是自我偈
次 宝篋印陀羅尼(ほうきょういんだらに)(一遍)
次 光明真言 二十一遍
次 回向
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【鎮守神前法楽】

2010/06/15 14:53



【鎮守神前法楽】
先 護身法
次 般若心経
次 本學讃  (一遍)
次 神号  (其大権現等各標レ名ヲ唱念セヨ)
南無大峰葛城諸大善神日本国中大小神祇倍増威光法楽荘厳
(なむおおみねかつらぎしょだいぜんじんにほんこくじゅうだいしょうじんぎばいぞういこうほうらくしょうごん)
次 祈願回向
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【祖師壇法楽】

2010/06/15 14:50


【祖師壇法楽】
先 三禮護身法 (如レ常)
次 本學讃   (一遍)
次 大日五字明 (二十一遍)
次 寶号    (十遍)
南無高祖神変大菩薩 
南無智証大師等諸大先徳
次 祈願回向
次 三禮
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平成22年度。一日尼僧体験募集。法務の無い限り随時受け付けます。

2010/06/08 16:38
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【平成22年度一日尼僧体験】
 法務のない限り随時受け付けます。
○月光山洗心庵の一日尼僧体験は、高百不動等泉寺を道場として、お借りして行なっています。
○月光山洗心庵の一日尼僧体験は尼僧の疑似体験を通して、作法や健康管理、
ご先祖様のこと、仏壇での供養の仕方等、盛り沢山に日常生活に活かせる修
業体験を取り入れてます。

○午前中は歴史ある日光を散策しながら、仏教の歴史や各祖師の話、神社寺院
のお参りの仕方などもご指導しています。
一日尼僧体験を通じて、なにか一つでもお役に立てることがございましたら幸いです。
○詳細につきましてはdouyou@otera.netもしくは、0288-21ー7338へお問い合わせ下さい。





【かんのむし封じの寺】

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〒321−1264
栃木県日光市瀬尾3228

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幸福を呼ぶ仏様の教え。

2010/06/02 10:01


幸せになる仏の教えは…。 ?

仏は繰り返し説いている。

『法華経の教えを銘記して忘れない者の得る 現世や来世に幸福をもたらすもとになる善行は、すでに説いたように眼・耳・鼻・舌・身・意識が清らかになることである 。』


現世や来世に幸福をもたらすもとになる善行は、 眼・耳・鼻・舌・身・意識が清らかになることである 。

なんて簡単なことなんでしょう。
と、思いませんか?


人間が持っている五感と一意識を清らかにすれば現世や来世(後生)に幸福をもたらす。

つまり、自分の五感と一意識を清らかになるように努力していけばいいわけですね。(^^;;



六根清浄祝詞にはそのヒントが書かれています。

目に諸々の不浄を見て、心に諸々の不浄を見ず。
耳に諸々の不浄を聞きて、心に諸々の不浄を聞かず。
鼻に諸々の不浄を嗅ぎて、心に諸々の不浄を嗅がず。
口に諸々の不浄を言いて、心に諸々の不浄を言わず。
身に諸々の不浄を触れて、心に諸々の不浄を触れず。
意(こころ)に諸々の不浄を思いて、心に諸々の不浄を想わず。

見ても、聞いても、臭いをかいでも、言葉でいってもいわれても、身体にいろんないやなことがあろうとも、意(こころ)にいろんなことが浮かんでも、『心』にはそれらの諸々の不浄(いやなこと、つらいことなどなど)を、見ない、聞かない、嗅がない、言わない、触れない、想わないようにしていきましょう。

それらにとらわれ、こだわり、思いつめ、追求するから不足不満や煩悩がおきてしまう。


般若心経の一節にも『無眼耳鼻舌身意』とあります。

人間が持っている『身口意』。

これらを注意して過ごして善行を積んでいけば、幸福になれるんだよ、と、仏様は長い長い年月を人間に向かって説いていらっしゃいます。



『幸福』の実現は、自分自身の眼、耳、鼻、口、身、意(心)の有り様に在る。

今日から、自分自身の幸福の為に眼、耳、鼻、口、身、意の行いが清らかになる善行を一つ一つ積んでいきませんか。

もし、間違ったり、失敗したり、悪いなあ、とおもったことをしでかしてしまったら、反省懺悔してまいりましょう。


眼耳鼻口身意から生じてしまう六煩悩からさよならできる自分となっていきませんか。





『六煩悩』とは。
一、 「貧欲(とんよく)」 。生まれる前から身についている、盲目的我執。
ニ、 「瞋恚(しんに)」 。 自分の我欲を押し通そうとする。トラブルや衝突が起きる。そうすると腹が立ち、憎んだりする。
三、 「愚痴(ぐち)」 。思い通りにならないと愚痴をいう。思い通りになったとしても愚痴を言う。他人と自分を比較してしまい愚痴を言う。
四、 「慢心(まんしん)」 。自分の思うとおり、または欲が通り叶っていくと、他人と自分を比較して優越感を持つようになる。慢心が起きる。他を軽蔑する。
五、 「疑惑(ぎわく)」 。愚痴ばかりの日常を暮らしていると、そこから妄念がわく。妄念は疑惑を生む。また、慢心も然り。他を信じられなくなり疑惑を生む。
六、 「邪見(じゃけん)」 。人を疑い、世の中のことが信じられなくなる。見る、聞く、匂う、味わう、体感など、自分の五器官が受けたことのみしか信じなくなり、妄想から邪見(よこしまな見方)へとなっていく。





『幸福』になっていく自分をイメージしましょう!!


合掌








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供養はなぜ必要か。

2010/05/25 10:35



供養は親族が集まって、お坊さんに読経をとなえてもらう。
ただ、それだけのこと、と思われる人たちが多くなりました。
そういうお坊さんたちも読経をあげればいい、と意味を知らないお坊さんたちも多くなりました。
何回も十三仏の話で書いてますが、亡くなった死者が次に生まれ変わるための、身口意の反省懺悔の清浄化の場であることを、現代人はしっかりと認識する必要があるのではないか、と私は思います。
経、行法、仏様たち、仏具一つ一つをとって調べてみても、根本は「身口意」を示しています。
人間が迷い悩み、自分を見失い、また、悪事を働く大元は身口意であり、供養とは生きている人も死んだ人も、共に身口意の行いを省みる機会を与えられ、次に生まれ変わる機会(後生)には、身口意の過ちが少なくなるように、祈り願う儀式が供養であるわけです。
いまは、儀礼優先になり深い意味が語られなくなり、供養はいらない風潮になってます。
身口意について各十三仏の仏様たちが、双方に諭し教える機会でもあるのに、供養不必要の風潮は、身口意から発生するトンジンチを大蔓延させることでもあります。



合掌




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四弘誓願文

2010/05/13 19:36



四弘誓願文
仏教徒として精進すべき四つの弘大な誓願で、すべての仏菩薩が発する四種の誓願です。





衆生無辺誓願度 ( 数限りない一切の衆生を救済しようと誓うこと)
煩悩無尽誓願断 ( 尽きることのない多くの煩悩を断とうと誓うこと)
法門無量誓願学 ( 広大無辺な法門をことごとく学ぼうと誓うこと)
仏道無上誓願成 ( この上なく尊い仏道を修行し尽くして、かならず成仏しようと誓うこと)


しゅじょうむへんせいがんど
ぼんのうむじんせいがんだん
ほうもんむりょうせいがんがく
ぶつどうむじょうせいがんじょう



迷いをもつ人々は自分も含めて限りなく多いです。しかし、必ずさとりに救うことを誓い念願します。
人間の煩悩は無尽にあり尽きません。しかし、必ず根源を断ちきることを誓い念願します。
教えの門ははかり知れないほど多く、広く、深いです。この教えを必ず学ぶことを誓い念願いします。
仏の教えた生き方の道はこのうえなく清らです。必ず必ず成就することを誓い念願いたします。




成大願  金剛合掌









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色紙とことば

2010/05/01 11:26
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「人生あきらめた者が負け」。
三休さん色紙より。
(宗)本寿院
HP:http://111.or.jp
戒名コム
http://kaimyou.com/

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三十日秘仏。1日、定光仏。

2010/05/01 07:46



1日は「定光仏」が護持してくださいます。
定光仏は燃燈仏(ねんとうぶつ)ともいわれ、お釈迦様が前世で儒童梵士(じゅどうぼんし)と呼ばれ修行していたとき、未来において、悟りを開き釈迦仏となるであろうと予言した仏です。
錠光仏などともあらわされることもあります。
灯火を輝かす者という意味があり、肩に炎をもつ独特な仏で、一般にはあまり知られていません。
私たちは仏様と言えば、十本の指で数えられるだけの仏様の名前しか知っていません。
曼荼羅を見ると、とてもたくさんの仏様たちがいて、それぞれの役割をされています。
仏様たちは相互に助け合い、護りあって生命が生まれ活動しているこの地球上のあらゆる生命を護持してくださいます。
いかなるものにも分け隔てなく光を当て、慈しんでくださる仏様は鑑賞用でなく、深い深い真理に基づいてこの世に現れています。



合掌







※※※※※※※※※※※※※※※※※
高百不動等泉寺&月光山洗心庵  
栃木県日光市瀬尾3228
電話:0288−21−7338
※※※※※※※※※※※※※※※※
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平成22年4月28日 護摩

2010/04/28 11:41
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不動護摩厳修しました。







合掌






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身辺浄化正道

2010/04/28 05:27


仏教離れ、宗教離れがすごい勢いで進んでいる反面、仏教をもっと学びたいと思う人たちが多くなっているという。
「寺」とは何か。
日本人の意識における寺は「寺=葬式」。この意識が60%を占めている。
この数値は20年前だから実際は下がっているのではないか、と察する。
なぜ、寺離れを起こしたか。
原因は様々ある。
原因を箇条書きにしたら、すごい数がでてくるだろう。(だから、書かない。)
言えることは、仏様に誓願をたて帰依した僧侶たちが、三毒三悪を率先して浄化すればよいのでは、と思う。
「人に修法施さんとするものは、自らの心を浄化正道し、慈悲慈愛の信念を持つべし。」
「自らの心を浄化正道し」
ここが重要である。
各宗派の四度加行は浄化正道の方法を説いている筈だ。
「身口意」を清め、己の座する場を清め、仏様を招く場を清め‥
仏教の修行の根本は三毒三悪の浄化ではないか、と確信する。
大日如来の輝きへ至るには釈迦如来の法を学ぶべし。
大日如来=釈迦如来説が天台密教の基礎となっている。



合掌










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平成22年度。一日尼僧体験。

2010/04/22 22:00



平成22年度。
一日尼僧体験は法務のない限り受け付けています。



月光山洗心庵の一日尼僧体験は一尼僧が個人で、高百不動等泉寺を道場としてお借りして行っています。

月光山洗心庵の一日尼僧体験は尼僧の疑似体験を通して、作法や健康管理、ご先祖様のこと、仏壇での供養の仕方等盛りたくさんに、日常生活に活かせる修行体験を取り入れています。

午前中は歴史ある日光を散策しながら、仏教の歴史や各祖師の話、神社寺院のお参りの仕方などもご指導しています。

一日尼僧体験を通じて、なにか一つでもお役に立てることがございましたら幸いです。

詳細につきましてはメール、もしくは電話でお問い合わせください。



☆一日尼僧体験は丸の内はんにゃ会著、心安らぐ「仏教女子」入門(発行所、洋泉社)にて紹介されました。







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人間の「苦」は生まれた時からつきもの。だから…。

2010/04/20 08:35



なぜ煩悩は消せず、また無明から離れられないかというと、オギャーと生まれた時から、三毒(貪瞋癡)はついてくる。
どこから?
誰から?
そう…人間は親の三毒を引き継いで生まれてくる。
貪(強欲心)。瞋(怒心、怨心)。癡(愚痴心)。

これらが増大増幅するのは「家庭環境」がまず、はじめにある。
親自身が三毒に気づき、それを増大増幅させないようにするならばともかく、三毒に気づかず、感情の赴くままに振る舞ってしまうのが常である。
三毒を引き継いで子供は親の姿を見て育つ。
三毒(貪瞋癡)が鎮静化していればよいのだが、中には魔物のように三毒が育つ場合がある。

三毒(貪瞋癡)を無明とも仏教では教えている。
三毒が増大増幅していくことは、この無明世界がブラックホール以上に重質量化すると考えればいい。
人間は生まれ持った三毒(貪瞋癡)を自らが増大増幅してしまうから、それをそうならないように諭している方法が仏様の教えでもある。

親から引き継いだ三毒(貪瞋癡)を、今生(いま、生かされている現実世界)で消せるか小さくするかは、自分の生き方で決まる。
それを説いているのが「戒」(自分の行いを省み、気持ちを調整し、眼耳鼻舌身の5つの口を引き締め、小さな悪いことでもしないように努め、善い行いをするように努力する。)
「定」(欲から離れ、悪い事から離れ、落ち着いた心持ちになり、気が散りやすい心を静め、精神統一をはかれるように努める。)
「慧」(苦の原因を探り、知り、その苦を少なくするにはどうしたらよいか、と考える。考える「智恵の灯り」を見いだし、智恵を磨くこと。)

この世の流れ全ては、因縁によって変化する。何一つとしてこの法則からはずれたものはない、といわれている。
これを「ものごとの道理」という。
これはいつまでもそこに止まっていずに変化する。 移り変わる。あるように見えるが実は無くなってもいる。
だから「こだわる。」「とらわれる。」のはいけない、ということとなる。

「苦(無明)」から解き放たれるには「禅定慧」の心を身につけよう!と仏の教えにはある。



除夜の鐘百八つ撞けば煩悩は消えるという安心は無し。



数珠繰りを百八回繰りとても貪瞋癡の無明は消えず。



帰依者とて人の子人の子の因果を知りて自己研磨



代々に受け継がれし三毒の魔を増大増幅させぬよう生きる今生



三毒(貪瞋癡)の三悪業に気づかなば後生へ続く三毒の業






懺悔合掌





【かんの虫封じの寺】

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かんの虫封じは心のケアに役に立つかも。

2010/04/19 21:56


子供さんのイライラに困られたパパママがかんのむし封じに来られのですが、興味をもたれるパパママが自分も〜、と体験することがあります。
そして、行ってみると〜!
お子さんよりママの方が多くでた!なんですね〜。
子育てにはストレスがかかる。
ストレスの多い方は、結構多くかんのむしがでます。
また、血液型、気学での星回り。目下、データー採取中。


かんのむし封じをして、『すっきりした。』『体が楽になった。』『肩こりがなんとなく楽になった。』といわれる方もいます。
お役に立てれば嬉しいです。
虫が騒ぐ。
虫が起きる。
甘いものを食べ過ぎると虫がわくから、子供には甘いものを食べ過ぎさせないように。
昔は誰もが知っていた伝承だったんでしょうね。
甘いものを食べ過ぎると…。

甘いものは体を冷やします。
過ぎると虫がわく。
過ぎると体が冷える。冷えは虫の心地よい住みか!?
現代人は冷えているからイライラ、カリカリが多い?
だから虫の格好の場を提供してるのかな?
虫退治は心直しにも一役するかも!!















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かんの虫の名がでてくる年代は?

2010/04/19 13:21
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かんの虫の名はいつからある?
鍼灸の古文書『針聞書』が室町時代に書かれました。
その中に一文書かれています。
室町時代にはすでにかんの虫は確認されていた。
福岡の国立博物館にはかんの虫も含め、人間の体内に生息する虫の絵図を展示する期間があるそうです。
本にもなっていて、かんの虫を研究にこられた方から本、2冊プレゼントしていただきました。


そこには、百種百態の体内にいる虫が描かれ、そのユニークさに虫とはいえ、ついつい笑っちゃいます。
福岡天満宮へはお参りに行きました。
国立博物館は知りませんでした。
行きたいなあ〜、と願望です。
室町時代から確認されているかんの虫。 このかんの虫封じは寺や神社でも行うところもありました。

それが民間伝承の形で明治以降、巷へ広がって行ったのではないでしょうか。
このところの流れも調べて見ると面白いのではないか、と思います。
神仏分離によって廃業した僧侶、神主も多数いたようです。 還俗された方々が伝え残したことも考えられます。
室町時代からある『かんのむし』。
現代人にお役に立てれば何よりです。





合掌





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スルーしてお読みください。【貪・瞋・癡】

2010/04/19 12:55


懺悔→身口意→三悪→貪・瞋・癡→『荒神→貧乏神、或いは狐狗狸(コクリ)』
『』部分は八識(深層心理の一番奥深い部分)です。
この八識を乗り越えられたら、人間は苦を繰り返さないですむでしょう。
ところがこの八識が人間の乗り越えられない壁です。
なぜなら、貪・瞋・癡の種が蒔かれ沈む所。種が完全消去にならない所だからです。

密教の文献にも三悪は両親から引き継がれてくる、と記載されてます。
摩多羅神はそれを知った神でもあります。
三悪の種は人間から無くなることがない。その為に苦しむんだよ。
ただし、三悪の種を小さく小さくしたり、鎮める方法はある、といろいろな教えを仏様が入れ替わり立ち替わり、我々人間に教えてくださっているのです。

言葉だけでは教えきれないので、あらゆる祈祷法が編み出されたのかも知れません。
その中でかんのむし封じも貪・瞋・癡を鎮める修法として行われてきたのかも。
様々な悩みを改善するのに、これが最良だ!一番だ!ということはありません。
人それぞれに合わせて効率よく対処する。
仏教は幅広く奥深いです。



合掌




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幣束つくりの研修

2010/04/11 15:56
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生徒が作った「三宝荒神」幣束。



三つの荒神様が繋がってます。








月光山洗心庵&高百不動等泉寺
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1日尼僧体験 (日光)

2010/04/10 17:30
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今日は2名の方が尼僧体験に参加されました。
午前中は滝尾神社、開山堂、常行堂をお参りしました。
午後から勤行指導。
木魚、りんの叩き方を学びました。






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供養の時に。

2010/04/09 08:21


供養回向を行うとき、供養される霊魂には供養されない霊魂がゾロゾロとついてくる、といわれてます。
供養される霊魂はそれをいやがらずに、この迷う霊も共に供養してください、と 引き連れ、共に読経を聞き、お供え物をいただき感謝してあの世へ戻ります。
供養は身内親族の霊魂の鎮魂のみならず、供養されていない霊魂の鎮魂でもあります。

私は修行中、教導師からその話を伺い、お供え物の水はコップになみなみとタップリ、ご飯は山盛りに盛り上げて、ついてくる霊魂にも食べて貰うようにしています。
目に見えないですから、信じられないでしょうが、供養する霊魂に他の霊魂がついてくることは、昔の和尚さんは話されてました。
他の霊魂もはじくことなく供養する心を養い、他へ分かつ心が育てられていったのでしょう。
供養とは「共に養う。」と漢字で書くのは、分かつ心の育成、そして、供養する者される者たちの「感謝心」を促すことなのでしょう。
「我のみ」の気持ちが日常から無くなることを願い、供養されない霊魂たちを気の毒に思い連れてくる霊魂は、こうして霊性の修行をしています。



合掌










〔月光山洗心庵&高百不動等泉寺〕

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お供え物はなぜ供えるのでしょう。

2010/04/09 08:15


お供え物はなぜ必要か。金がかかるから要らない。面倒くさい。
この頃は見える世界の「我意識」で供養の形態が変化してきました。
「我意識=自分だけ」が強く、無明にいる方々が余りにも多い…(涙)。
供養は見える世界に住む我々が、見えない世界で霊性向上修行中の霊魂へ、修行の応援を送る行為であります。

応援を受けた霊性向上の修行中の霊魂たちは、その感謝の気持ちを表してくれるのです。
応援する数が「七」としたら、修行中の霊魂は自分たちは「一」だけ取って、残りの「六つ」を我々、見える世界にいる人間に返してくれます。
これを「七分獲一」といいます。
何を返してくれるか、というとー。
見える世界での修行はこうしたらいいよ、ということなんですね。

霊魂たちは自分たちが生きていた時に、こうしたらもっとましな生き方ができたのに…、遺してきた人たちには気がついて、見える世界で修行を積んで貰いたい。 自分たちの生き方を反省し、遺してきた人たちに同じ過ちをしないように、お供え物を通して現世での修行の仕方を教えてくださっているのです。

お供え物はこれだけ供えなければダメ、という規則はありません。はじめに断っておきますね。
ここでは七分獲一でかえってくるお供え物の意味をお話します。
「水」。霊魂たちは常に喉が渇いてますから、タップリの水を供えます。
水は「布施」。分かち合う、施すことの修行です。
「塗香(ずこう)」は「規律、規則、ルール」を守ることの修行です。

「花」は「我慢、辛抱、忍耐」の修行です。
「線香」は「精進、努力」の修行です。
「ご飯」は「安定する気持ち」の修行です。
「ローソク」はパニックに陥っても、智恵を生み出し、工夫心(気持ちの切り替え)を灯す修行です。
霊魂たちは自分たちがしてきた過ちをしないように、これら六つの修行を心がけて行えば、道をはずれることもなく、また、 という「我意識の無明」に陥ることも無くなりますよ。自分たち霊魂も霊界でこうして「霊性心」の向上ができるように修行しています。だから、見える世界にいるあなたがたも「自性心」の向上の修行に励んでください、というメッセージでもあります。
供養されているのは 私たちでもあります。
合掌






〔月光山洗心庵&高百不動等泉寺〕

栃木県日光市瀬尾3228
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回向文 (一例)

2010/04/09 08:05


【回向文】
南無帰命頂礼西方極楽界会阿弥陀如来

(南無きみょうちょうらいさいほうがんのあみだにょらい)

発遣教主釈迦牟尼如来

(はっけんきょうしゅしゃかむににょらい)

南無観世音菩薩南無大勢至菩薩

(南無かんぜおんぼさつなむだいせいしぼさつ)
五五聖衆哀民護念仰ぎ願わくば

(ごごしょうじゅうあいみんごねん、ねがわくば)
この功徳を持って
浜野家先祖供養を主旨奉る(しゅうしたてまつる)
往生極楽証大菩提。

(おうじょうごくらくしょうだいぼだい)

総じては三界万霊有縁無縁一切霊等、

(そうじてはさんがいばんれいうえんむえんいっさいれいとう)

出離三界仏果増進

(しゅつりさんがいぶっかぞうしん)

又願わくはこの勝縁によって

一家の面々現世安穏後生極楽如来大悲哀民護念

(いっけのめんめんげんせあんのんごしょうごくらくにょらいだいひあいみんごねん)



合掌







〔月光山洗心庵&高百不動等泉寺〕
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4月8日

2010/04/08 20:48
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護摩修法しました。






合掌








月光山洗心庵&高百不動等泉寺
(戒名の相談が安心してできるお寺です。
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栃木県日光市瀬尾3228

電話0288−21−7338
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戒名の相談が安心してできるお寺。

2010/04/07 09:55




戒名、葬儀、法事についてお困りはございませんか?

○直葬、家族葬、密葬で俗名で荼毘にされた方。

○俗名のまま葬儀をされた方。また、先祖の戒名が授かっていない方。

○ご自分の生前戒名を準備しておきたい方。



安心して相談できるお寺様が大都会の東京にあります。



お布施の面で一度にはできない、とお困りの方には、分割でもいいですよ、とご住職様は話されます。



戒名は仏様のもとで修行をするために、仏様に覚えてもらうための、あの世で使用する名前です。



その証しのお名前をつけるのに、「お金が高すぎる」ことでためらっては供養される方も供養する方も悲しいではないですか。



供養が、まず先ですよ。

安心してお見送りすることを提唱する大都会のお寺、本寿院をご紹介いたしますね。



戒名の会 東京 本寿院 HP http://kaimyou.com/


0120−4194
ー61
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心に寺をたてよう。

2010/04/04 17:13


「自分が変れば周りも変る。」
こだわりが強くありませんか。(貪欲)  
他人を憎んだり怨んだりしていませんか。(瞋恚)
愚痴ばかり言ってませんか。(愚痴)  
他人と比較していませんか。(慢心)
他人を疑いやすくなってませんか。(疑惑) 
妄想多く考えがよこしまになってませんか。(邪見)


以上のことが日常に多くなってくると、
日々の暮らしが「苦」になります。
他人にそれらを修正改善求めるよりも、
一つずつ自分がしないようにしていきませんか。
自分が変っていけば、周りのことも気にならなくなるし、
自分の中に仏様が住んでくださいます。
仏様が住むようになったとき、
あなたの心に仏様のいらっしゃるお寺がたちます。合掌。






三井本流 佛心宗
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3月28日、今日は護摩があります。

2010/03/28 06:56
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高百不動等泉寺では今日、28日午前11時より、護摩を厳修します。
参加自由です。
護摩は心の煩悩を焼き尽くし、清浄な心となる修法です。
福徳円満は清浄な心に訪れて参ります。
人間は日々、煩悩が生まれ煩悩を育てています。
その煩悩を護摩の炎で焼き尽くし、清らかな心となることを願い、そして、息災であるように祈ります。



福徳功徳は己の所業(所行)を省みるところに廻ってきます。
福徳功徳がやってくるのは、はじめに「懺悔」。
次に、「感謝」です。
護摩木に願いを書くときには心の反省を一つでもよいですから、してから願いを書いてみましょう。





合掌







〔月光山洗心庵&高百不動等泉寺〕

日光市瀬尾3228
電話0288ー21ー7338
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彼岸回向厳修しました。

2010/03/23 11:05
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大念山正福寺彼岸回向法要厳修しました。






合掌







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自分をダメにする六煩悩からの救い。

2010/03/21 08:33





六つの煩悩 → http://blogs.yahoo.co.jp/douyou894/59471298.html



六道 → http://blogs.yahoo.co.jp/douyou894/59471530.html 



煩悩、六道からの救い。「波羅密行」 → http://blogs.yahoo.co.jp/douyou894/59473257.html






上記をお読みください。






合掌







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【本の紹介】こころ安らぐ 「仏教女子」入門

2010/03/20 13:15
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お寺って楽しい! なんかカッコイイ!
丸の内OLたちがつくったサークル「丸の内はんにゃ会」が仏教女子入門という本を出しました。



著者 丸の内はんにゃ会

発行所 株式会社洋泉社

定価 1260円



月光山洗心庵の1日尼僧体験も掲載されてます。



m(_ _)m





合掌







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人が迷う六道

2010/03/20 10:20



前回に書いた「六根本煩悩」が激しく燃え上がっていくと、人は「六道」は迷い込み堕ちていく。
煩悩の炎が燃え上がるきっかけが多いのは何かはさておき、「六道」とは、次のような世界である。
一、「地獄道」。他人を裁いて、他人を責めずにいられない世界となる。
 
ニ、「餓鬼道」。餓えている世界。手中に入れてももっと、欲しい、もっと、欲しいと餓えている。三、「畜生道」。他人へ迷惑をかけても平気でいられる世界。
四、「修羅道」。他人には負けたくない、と争い、張り合う世界。
五、「人間道」。四苦八苦の苦しみ悲しみから逃れられない世界。
六、「天人道」。有頂天。自己中心となっている世界。
これらの六道は死んだ後にいくところともあらわされているが、生きている日常においても、「六道」に迷い込むものである。
しかし、残念ながら人間は燃え上がっている時には、どこの六道へ迷い込んでいるか、自分では解らないし、また、複数の六道を行ったり来たりしていることもある。
この六道の意味をよく知り、堕ちこまない自分となっていくように、仏の教えがあり、その教えを精進して行く自分になっていくことが修行でもある。
彼岸は七日間あり、中日の春分(秋分)をはさん彼岸は七日間あり、中日の春分(秋分)をはさんで、前後三日間、計六日間をご先祖様と共に自らの修行とする七日間でもある。
ご先祖様を供養することは、この世に生かされこの世の中の六道に迷い込んでいる自分の心を見つめなおし、共により良く養うことも修行でもある。
生きているこの世にある、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天人道の中を行きつ戻りつする己の心を見つめなおすことができる人となる修行。
日常の中に修行があるというのは、日常の中にも六道がついてまわるからであって、その六道から離れいく自分となるための行であることを見失ってはならない。
「六道」。
一、「地獄道」。他人を裁いて、他人を責めずにいられない世界となる。
 
ニ、「餓鬼道」。餓えている世界。手中に入れてももっと、欲しい、もっと、欲しいと餓えている。
三、「畜生道」。他人へ迷惑をかけても平気でいられる世界。
四、「修羅道」。他人には負けたくない、と争い、張り合う世界。
五、「人間道」。四苦八苦の苦しみ悲しみから逃れられない世界。
六、「天人道」。有頂天。自己中心となっている世界。
あなたは、いま、どこの道に迷い込んでいますか。



合掌
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− タイトルなし −

2010/03/20 08:24


煩悩の種は七識の摩那識をすり抜け、八識の阿頼羅那識へとまかれていく。


日常生活の中で(目に見える世界)五感という器官が受けたものが意識(目に見える世界と目に見えない世界の境。)という識をすり抜け、更に心の深部にある七識(摩那識)に到達する。

光ある地上に生じた種がこぼれ落ち、地面の中に沈んでいく。
地表近くにこぼれ落ちていくもの、更に地面深くこぼれ落ちていくもの。

こぼれ落ちた種は更に心の深部へと沈んでいくものもある。

意識されずに心の深部にたどり着いた煩悩の種は見えない世界で少しずつ、少しずつ、少しずつ、根っこを張っていく。

見えない世界へたどり着いて定着した種を煩悩の種。
そこから毛細根を出し、心の奥深くに煩悩の根っこを張っていく。

この煩悩の根は六つあり、「六根本煩悩」という。



六根本煩悩は、

一、「貧欲(とんよく)」。生まれる前から身についている、盲目的我執。

ニ、「瞋恚(しんに)」。 自分の我欲を押し通そうとする。トラブルや衝突が起きる。そうすると腹が立ち、憎んだりする。

三、「愚痴(ぐち)」。思い通りにならないと愚痴をいう。思い通りになったとしても愚痴を言う。他人と自分を比較してしまい愚痴を言う。

四、「慢心(まんしん)」。自分の思うとおり、または欲が通り叶っていくと、他人と自分を比較して優越感を持つようになる。慢心が起きる。他を軽蔑する。

五、「疑惑(ぎわく)」。愚痴ばかりの日常を暮らしていると、そこから妄念がわく。妄念は疑惑を生む。また、慢心も然り。他を信じられなくなり疑惑を生む。

六、「邪見(じゃけん)」。人を疑い、世の中のことが信じられなくなる。見る、聞く、匂う、味わう、体感など、自分の五器官が受けたことのみしか信じなくなり、妄想から邪見(よこしまな見方)へとなっていく。


これら六つが悲劇を引き起こす煩悩となる。

六根本煩悩は、「貧。瞋。痴。慢。疑。邪見。」をいう。


この「貧。瞋。痴。慢。疑。邪見。」が心の深部に育ち、いつしか表面にあらわれて目に見える世界にある「眼耳鼻舌身識」も蝕まれてしまうことなのである。


目に見えない世界に根っこ張った煩悩の種を、大きくしないようにするにはどうするか。
仏様の教えは、あらゆる方便(言い方などを変えて。或いは六種のお供え物などにあらわして。)を用いて、私たちに繰り返し、繰り返しといている。


しかし、残念ながらそれらの教えを聴いても、そのときはそうだな、と思っても、時間が過ぎると再び、同じ過ちを繰り返してしまう。
これが人間の持つ「癖」であるからかもしれない。

その「癖」を改められていける人が、これらの煩悩から解き放たれる人である。

ついつい起きてしまう「癖」を、懺悔(反省)していけることを、日常の生活の中に取り入れて過ごしていきたいものです。

懺悔が何故必要か、というのは、己が心の中にまかれた種(生まれる前からある種。)が大きく育ち行かないように、抑止することが必要なことだからです。



合掌



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春彼岸。先祖と共に修行する一週間。

2010/03/18 12:40



お彼岸はなんのためにあるのかといいますと、彼岸の向こうで仏様の御元(みもと)で、修行をしているご先祖様と共に、娑婆世界のという現実世界、私たちが生かされている日常
生活の慌ただしさや、渦巻く汚れなどを心鎮めて省みる7日間であります。
新円寂やご先祖様たちを供養する。

供養は共に心を養って豊かに(心貧しくならずに)、暮らしていけることをあらわします。
この7日間にご先祖様と共に行う修行は、
ひとつ、布施行。
ふたつ、持戒行。
みっつ、忍辱行。
よっつ、精進行。
いつつ、禅定行。
むっつ、智恵行。
お供え物に、水、塗香、花、線香、御飯、蝋燭を供えます。
日々、様々な煩悩汚れ濁りに混じっている身を省みる7日間でもあります。
修行というと仰々しく聞こえますが、修行は日常生活の中でも行えること。お供え物の六つに喩えて、こういう修行を行えば心穏やかに過ごせますよ、と教えをいただいています。
施す。規律を守る。辛抱。努力。安定。智恵。



六つのこのことを実践出来さえすれば、不足不満愚痴は生じなくなることでしょう。



合掌





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心の深層

2010/03/13 13:13



人間には五識がある眼、耳、鼻、舌、身(皮膚)という感覚器官を五織といい、これを五感ともいう。
この五感を心が意識することを【五識】という。
六識は『心が五識を知ると、それを判断して分別する。
これを【六識】とういう。第六感ともいう。』
七識は『人間の心には欲があるから、分別すると、必ず、〔気に入ったもの〕に執念を起こす。これを【七識】または【末那識(まなしき)】という。』
そして、さらに八識へと深層が進む。『この八織はいったん執念を起こすと、無意識に意識の底(潜在意識)へ、執念の種を植え付けてしまう。これを【八識】または【阿頼耶識(あらやしき)】という。
この種は、いつかきっと芽をだす。』
七識で起こった『執念』は、ますます『煩悩』となって膨らんでくる。
(世に言う「生霊」などは、この七識に起きた妄想またはとらわれる心(我執、執着)が 八織において潜在意識の中に種が植え付けられ、ある日突然に膨らみ巨大化して、人の心をかき乱す。

三悪業を生じるところがこの七識と八識の深層部分ではないかと考える。

日常の生活においては、五感(五識)で得られるものが一般的に納得しやすい。
六識になると半信半疑の方も多くなる。
冷静に思考すれば六識の段階で妄想や我執、執着、疑念など回避できるであろうが、七識や八識に組み込まれ植え付けられた三悪業の種は容易に見つけずらく、また、除去できるものではなくなる。

三悪業による煩悩は己が生み出していることに気がつき、自らの所行(所業)を省みる(反省=懺悔)行動を行っていくことが望ましいが、残念ながらそうできがたいのが人間の悲しむべきところなのかもしれない。

このところの愚かしさにいち早く気がついて、己を是正していくものが真の幸せ(満足、禅定)を得られる。

それには他に転化せず依存せずに、どのような環境状況にあっても、黙々と努力する人となることが大事なことと考える。

すべては自分自身が基本です。





合掌
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人形供養

2010/03/11 14:15
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法類寺、大念山正福寺(那須)にて人形供養を修法いたしました。





合掌

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生きて修行、死して修行。

2010/03/07 06:21



人は修行の旅を輪廻する。
生まれて修行。生かされて修行。死して修行。そして再びこの世に生まれ、また修行。
なぜ修行させられるかって、それは人があまりにも未熟だから。
未熟のもとは何かというと、三悪=三業貧乏神の三神にあたる貪り、怒り、無知の三つがわき起こりやすいからです。

この三業を鎮火(鎮め抑える)させる己になるために生まれ変わって修行させられる。
その修行に気がつき、受け入れられる己になれるかが、幸せに繋がるキーポイントになるのでしょう。
気がついたからとて、すぐに薔薇色人生が現れるものではありませんが、己が気がついて良くなっていく心地よい思いは、当人のみの至福ではないかと思います。

当人のみの至福は笑顔で過ごせる日々と言い換えることもできるかと思います。
無明に迷う方々が一人でも己の三業に気がつき、いま、生かされている修行の旅の段階がワンステップ上がるようにと、仏様の教え、仏様の導き、仏様のお守りがあるわけです。

三悪=三業の根っこは何かというと『身口意』が根っこにあたります。

己が不安に思った気持ち、余計なことを考えてしまった気持ち(妄想)などが、ふとしたきっかけで言葉(口)からでてしまい(行動、態度=身体からの発信)、トラブル(災い=厄=禍)となってまいります。

人は得てして他の非は目ざとく見つけ、他の非を攻め(責め)やすくなりがちです。

身口意の三業(三悪)はこうして拡大してしまうのが、人の世の図式でもあるわけです。

身口意(三悪=三業)の禍を少しでも減らすべく、人は生まれて修行、死して修行の繰り返しをしているわけです。

何回か生まれ変わっていくうちに三業=三悪の業火が鎮まり、心穏やかな人となることの旅が輪廻でもあるのでしょう。
ですから身口意の業を懺悔文や仏様の意味に託し、人が我に帰ることを願い伝えているのではないかと考えます。「身、口、意」とは、「口」は言葉。「心」は意識、想い、念。「体」は行動、態度。
良い言葉(言霊音霊)は福を呼ぶ。
相手の心に伝わる言葉を発していけばトラブルも生じなくなる。発した言葉の一言で醜い争いが生じてしまう。
「口」(言葉)というものは身口意の中でももっとも、反省(懺悔)が必要な箇所といえます。

※三毒三悪を貧乏神は好みます。貧乏神は飢渇神、障碍神、貪欲神の三神です。
三毒三悪とは、貧(とん)=むさぼり。欲。我先。我一番。自分だけのことのみしか考えない。
瞋(じん)=怒り。恕(いか)り。すぐに腹を立てる。きれる。
癡(ち)=知らない。わかろうとしない。気がつかない。愚かしいこと。
生み出す、発してしまうところは、「身、口、意」。



なんのことはない。人は貧乏神を己が生み出している…。

それを気づかせるために各自の修行があると思います。



生まれて修行。
生かされて修行。
死して修行。



ありがたくこの修行行程を受けて参ります。



ありがとうございます。



感謝合掌
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伝教大師 御遺戒  

2010/03/03 22:05




怨みを以て怨みに報ぜば 怨み止まず、
徳を以て怨みに報ぜば 怨み即ち盡(つ)く。
長夜(じょうや)夢裏の事を恨む莫(なか)れ、
法性真如の境を信ず可(べ)し。
我が為に佛を作る勿(なか)れ、
我が為に経を寫(うつ)す勿れ、
我が志を述べよ。
道心の中に衣食(えじき)あり、
衣食の中に道心無し。

我れ生まれて自(よ)り此の来(かた)、
口にそ言無く 手に笞罰(ちばつ)せず。
今我が同法、童子うたずんば 我が為に大恩なり。
努力(つとめ)よ。 努力(つとめ)よ。 
=伝教大師ご法話より=



合掌
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貧乏神さんのはなし。

2010/02/18 23:30
「おいらは貧乏や〜。」
「貧乏、貧乏っていってたら、ほんとに貧乏神つくぞ〜。」


二人の若者が仕事の休息中にこんな会話をしてました。


この二人をそっと、覗いている人?影。
それこそ、ほんまの貧乏神。

(どれ、どっちの若い衆に憑こうかなあ〜。)


一人は考え方がどうも負の考え方。
もう一人は前向きな考え方。


貧乏神はにやにやしながら二人の若者の会話を聞いていました。


昼休みがすんで、二人の若者は仕事を始めましたが、
負の考え方の若者はブツブツ不満を言いながら仕事をしてます。
そして、仕事がすんで家に帰っても、ブツブツブツ…。
愚痴や不満を満杯。


朝、起きるのも愚図愚図厭々。
周りを見ればあいつがこいつがと恨めしく思うばかり。


それでもどうにか生活できるだけはまわっていましたが…。

ある日から突然、歯車が狂ったように物事がうまくはかどらなくなり、
生活も前にもましてきゅうきゅうとなり。
なにをやっても裏目裏目の日々が続きます。


不満だらけ愚痴だらけ。
それでもあれは欲しい、手に入れたい。
願望だけは貪欲。

貪欲だけど仕事はしたくない。
身体は動かしたくない。


そんな毎日となって何年か経ちました。

どんどん窮していき、運気も悪くなるばかりの生活に、どうしておいらだけ?とふと、思いつきました。


そうか!神様参りをしてなかったからだ。
ご先祖様もほったらかしだった。
きっと、サボっていたからよくなかったんだ。


そう思った若者は、さっそく神参りと先祖参りをしました。

「パンパン!!どうぞ、おいらの生活良くしてください。」
「ご先祖様、子孫が困っています。子孫を泣かさないでください。」


『ばか者っ〜〜!!』


どこからか大声が聞こえました。


『都合のいい願い事などきけるものか〜!』


若者はびっくりして腰を地面につけてしまいました。

いままで聞いたこともない、地響きのような怒鳴り声。


『お前の後ろを貧乏神が喜んで憑いてきているのをわからんのか〜!』

そういわれて、後ろを振り向いてもだあれもいません。

貧乏神は若者には見えなかったのです。

「貧乏神って、おいらに貧乏神が憑いているんですか?」

若者は声の主にいいました。

『ああ、貧乏神がお前の根性に巣くってるわ!なんて情けない子孫なんだ…。』

「子孫って?すると、おいらのご先祖様?」

『そうだ。お前の先祖だ。』

「先祖様なら子孫が困っていたら助けてくれるべきでないの?」

『こらっ!お前のそういう根性がいかんのじゃ!お前は文句不満愚痴は言う。
仕事は身惜しみする。泣きごという。その割にはあれ欲しいこれ欲しい、とむさぼることしか知らん。
わしの子孫にこんな奴がいるなんて、情けなくて情けなくて…(泣)』

あ〜あ、ご先祖様を泣かせちゃった…困ったな、どうしよう。
若者はほんとに困りました。

「あのお〜、ご先祖様。」

若者は涙をこぼしているご先祖様にいいました。

「おいらに貧乏神が憑いているっていったけど、運気が悪かったり、
物事が上手く運ばないのは貧乏神がついているからかい?」

『そうじゃ、貧乏神が住みやすい環境をお前は作っているからなんじゃ。』

おいらが貧乏神が住みやすい環境を作っている?
若者はどういうことなのかちんぷんかんぷんです。

ご先祖様はやれやれと思いながら話を始めました。

『よいか、貧乏神というのはな、家にも憑くが貧乏神にとって一番住み心地がいいのは、
愚痴、貪り、怒りをしょっちゅう言っている心にすむんじゃ。
心が貧しければ貧しいほど、貧乏神には住みやすい。
心に災いを起こせば貧乏神にとっては愉快でならん。
人間の心が荒めば荒むほど、貧乏神は高笑いしておるのじゃ。』

ご先祖様は言葉を続けました。

『お前が愚痴不満不平、妬み怨み嫉み、貪欲、怒り憤りなどを年がら年中起こしていると、
貧乏神にとっては実に住みここちのよい環境になるのじゃ。』


貧乏神は家に取り憑いて災いを起こし苦しめる。
いや、家にとり憑くように見せかけて実は人の心に住み憑いてしまう。
さわさわとした心は周りに伝染し、家の中もさわさわとしてしまう。
苦しむ人間を見るのが愉快な神様なんだ、とご先祖様は悲しい顔でいいました。


『そもそも貧乏神わな、飢渇神、障碍神、貪欲神という三柱の神様なんじゃ。
飢渇神、障碍神、貪欲神は仏様の教えるところの三悪(愚痴、貪り、怒り)と同じで、
これはどんどん、心の貧しさを作っていってしまう。』

『お前、いま、胸の中が充実しておるか?』

「いえ、あのう、そのう〜。」

若者はご先祖様に質問されてどぎまぎしてしまいました。
充実なんてしていなく、毎日毎日、イライラしたりムカついたり、時にはキレたり。
心が落ち着いたことはありません。
さわさわとした隙間風が吹く家のようでもあり、落ち着いてゆっくり家にいられる自分でもなく、
毎日がつまらなく寂しくもありました。


「え〜っと、貧乏神さんにでて行ってもらう方法はありますか?」

若者は恐る恐るご先祖様に尋ねました。

『あるにはあるが…。あのな、それよりも先に治さなくてはならないことがある。
飢渇神、障碍神、貪欲神が寄り付かなくなる自分になることじゃ。』

『いいか、三悪(愚痴、貪り、怒り)を起こさない自分になることじゃ。
すこしでもそれが出来るようになったら、貧乏神退散法をお前に教えてやろう。』


そういったかと思うと、ご先祖様はすうっと姿を消しました。

若者は自分のほっぺたをつねってみました。

「イテテッ!!夢ではないんだ…。心が貧しければ貧乏神が住みやすい。
心が貧しければ…。」


若者はとぼとぼと家路に着きました。

貧乏神は若者の後ろから、もっと心が貧しくなっておくれと、ブツブツいいながらついていきます。


=終わり=



(このお話は道陽尼の作品です。無断掲載を禁じます。)





∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「疳の虫封じ寺」
高百不動等泉寺&月光山洗心庵

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【四十九日間(七七日)の供養と、百か日供養】

2010/02/05 07:59
【四十九日間(七七日)の供養と、百か日供養】




人間は六道(地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道)の転生を繰り返すといわれています。そして、その転生は七回繰り返します。

今生かされているこの世で人間としての修行をし、あの世で仏様の元で修行をします。
修行は十三の仏様の元で積んでいきます。それが「十三仏」です。

十三仏のうち七仏が四十九日までいます。

これは四十九日までは死者の魂はこの世にあり、生きているときの罪業の数々を懺悔反省する時期でもあるからです。七仏の導きにより、生きていた時の罪業を浄化されて、魂の道へ歩く準備をするのです。






不動明王 初七日(7日目・6日後) http://tousenji.at.webry.info/200909/article_3.html

釈迦如来 二七日(14日目・13日後)http://tousenji.at.webry.info/200909/article_4.html

文殊菩薩 三七日(21日目・20日後)http://tousenji.at.webry.info/200909/article_7.html

普賢菩薩 四七日(28日目・27日後) http://tousenji.at.webry.info/200909/article_8.html

地蔵菩薩 五七日(35日目・34日後)http://tousenji.at.webry.info/200909/article_10.html

弥勒菩薩 六七日(42日目・41日後)http://tousenji.at.webry.info/200910/article_1.html

薬師如来 七七日(49日目・48日後)http://tousenji.at.webry.info/200910/article_6.html

観音菩薩 百か日(100日目・99日後)http://tousenji.at.webry.info/200911/article_5.html



供養に故人を偲び読経を上げお供え物(水、塗香、花、線香、御飯、灯明)を供えることは、
残されたものもこの世での六種の修行(布施、持戒、忍耐、精進、禅定、知慧)をいたしますから、
あの世で魂の修行に励まれてください、共に精進いたしましょう、という願いです。




【願わくはこの功徳をもって普(あまね)く一切に及ぼし、
我らと衆生と、皆共に仏道を成(じょう)ぜんことを。】





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あるお話。「身口意」

2010/01/09 09:18
あるお話。「身口意」




昔々、人間が神様(大仏様=文中、大仏様は省略します。)の形を模して造られた時、人間は「ことば」というものを知りませんでした。


意思の伝達は神様と同じように、思ったことを空気の振動により伝えていました。


そこには争いもいさかいもなく、穏やかな響きでそれぞれの意思が伝えられていました。


しかし、人間がたくさん増え始め、空気の振動による意思の伝達にも支障がでるようになりました。

神様は、「そうだ、思うことを、音で表せばだれでも自由に伝達できるようになる。人間に『ことば』を与えよう。」


そうして人間は思ったこと(意)をことば(口)から出す(身)ことを得ました。


人間はこれらを得て自由に自分の思ったことを伝えられるようになって、大変に喜びました。


ところがしばらくして、それぞれが争うようになりました。

心に思ったことを言う。言われた方は聞いて腹が立つ。
親子ケンカや兄弟姉妹ケンカがはじまりました。


ことばがなかったときに仲の良かった親子、兄弟姉妹が争うようになりました。

「おまえがそう言ったから悪いんだ。」

「だって、お兄ちゃんが私のこと、お母さんに告げ口したでしょ。」


些細なことで騒動が起き始めました。


それは親子や兄弟姉妹に止まらず、人間たちへ広がって行きました。


言った、言わない。 あっちに都合よくいい、こっちに都合よくいうものもあらわれました。


そして、もしかしたらあいつは自分のことを悪く言っているかもしれない、と実際におきてもいないことを想像(妄想)してしまうもの。


言われたからときおちするもの。自分の不満をあらわにするもの。愚痴をこぼしてばかりいるもの。あっちにいいこといい、こっちにいいこというもの。
思ったことを針小棒大に言ってしまうもの。自分のことは棚にあげ人を悪くいうもの。
ことば巧みに勢力をひろげようとするもの。


それはそれはもう、ワアワアギャアギャアと騒がしい状態となりました。


神様はそれを見ていて哀しくなりました。


自由に意志の伝達ができるようにと、思いやりを持って行ったことがとんでもないことになったのですから。


しかし、与えてしまったものは変えることができません。


人間が思うことを伝える手段の方法、「ことば」を賢明に使えるように気がついてくれれば、と神様は思い10の律をつくりました。


それが十善戒です。

人間はことばを知ったことで、自由に意志表現ができるようになったのはいいけれど、貧瞋痴(トンジンチ)という妄想の種が育ってしまいました。

貧瞋痴(トンジンチ)は三つの悪の道=三悪道といわれ、十界でいうところの地獄界(道)、餓鬼界(道)、畜生界(道)にあたります。


空気の振動で意志の伝達をしあえた時代にはこの三悪道はありませんでした。


ことば(口)というものを手に入れたときより、自分の思うこと(意)を、好き勝手に言い放つ(身)ようになり、人間界には争いが続くようになりました。


神様がお造りになった律、十善戒律の不妄後語、不綺語、不悪口、不両舌がことばに関する戒(いさ)めです。


身口意が争いの種を蒔く。
それは毎日毎日蒔かれてしまうしょうのないものだ。

しかし、少なくなる努力はできるじゃないか、とある時、ひとりの賢者が考えました。

「そうだ!自分の思って口に出したこと、自分の思い、ことば、行動を反省すればいいのだ。懺悔だ!懺悔を毎日して自分を反省していこう。」



『我昔所造諸悪業。皆由無始貧瞋痴。従身語意之所生。一切我今懺悔。』





昔々にこんなお話がありました。



合掌










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【十三仏の意味】

2009/12/28 17:56
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【十三仏の意味】

不動明王 初七日(7日目・6日後) http://tousenji.at.webry.info/200909/article_3.html

釈迦如来 二七日(14日目・13日後)http://tousenji.at.webry.info/200909/article_4.html

文殊菩薩 三七日(21日目・20日後)http://tousenji.at.webry.info/200909/article_7.html

普賢菩薩 四七日(28日目・27日後) http://tousenji.at.webry.info/200909/article_8.html

地蔵菩薩 五七日(35日目・34日後)http://tousenji.at.webry.info/200909/article_10.html

弥勒菩薩 六七日(42日目・41日後)http://tousenji.at.webry.info/200910/article_1.html

薬師如来 七七日(49日目・48日後)http://tousenji.at.webry.info/200910/article_6.html

観音菩薩 百か日(100日目・99日後)http://tousenji.at.webry.info/200911/article_5.html

勢至菩薩 一周忌(2年目・1年後) http://tousenji.at.webry.info/200911/article_6.html

阿弥陀如来 三回忌(3年目・2年後) http://tousenji.at.webry.info/200912/article_4.html
http://tousenji.at.webry.info/200912/article_5.html
http://tousenji.at.webry.info/200912/article_6.html

阿閦(しゅく)如来  七回忌(7年目・6年後)
http://tousenji.at.webry.info/200912/article_7.html
http://tousenji.at.webry.info/200912/article_8.html

大日如来 十三回忌(13年目・12年後)http://tousenji.at.webry.info/200912/article_9.html

虚空蔵菩薩 三十三回忌(33年目・32年後)
http://tousenji.at.webry.info/200912/article_10.html







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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【虚空蔵菩薩】

2009/12/28 17:21
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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【虚空蔵菩薩】


十三仏の最後の仏様(十三番目)は虚空蔵菩薩様です。



虚空蔵菩薩は大空を無限の庫蔵として妙法の宝をおさめ、祈願する一切衆生が一遍でも口に称えるか念ずれば、もとめるものに応じて現在及び未来の利益を授け、いくら施しても一向に尽きない宝を持つ菩薩様といわれています。



正しく修法すれば、全ての願いをかなえてくれる菩薩、虚空蔵菩薩は梵語の名前はアーカーシャガルブハ(ガガナガルブハ)といい、広大な宇宙そのままを人格化した仏様です。



虚空蔵菩薩の虚空(大空)は、無尽蔵という意味で、何ものをももってしても、破壊したり、支配することができず、衆生の身(からだ)と口と意(こころ)の三つの業が、広大無辺な虚空に包まれ、清浄な徳を持つ得ることを意味します。



人は死んだ後、三途の川を渡り、身口意の業の裁きに遭います。
そして、不動明王から仲立ちがはじまり、十三仏のそれぞれの仏様の役割により、身口意の業の懺悔と浄化を指導されます。



そして、十ニ番目の大日如来によって、自分自身が行き着く先を明確にされ、虚空蔵菩薩の無尽蔵の慈悲に包容されて大空の彼方で、次に生まれ来る時を待つのです。



回忌供養の十三仏は死者の身口意の業を清浄にし、そして輝くものとして、次なる後生へ魂のステップアップの導きをされているのです。




お坊さんを呼んでお経を称えていただくことは、死者の為の供養です。



経には魂が学ぶべきことが書かれています。



下記にお経を称えることが何故必要なのかを書いておきます。



天台における読経の意味です。(参考)





    
『経を読む行は功徳をまわすこと。』(自分から他者への布施行)



法華懺法…法華経を読誦して六根を懺悔し、
自らを清め、仏を供養し、その功徳を他者に回向する。



常行三昧…阿弥陀経を読み、念仏を唱えて極楽往生を願い
阿弥陀仏や諸菩薩を讚歎して、
その功徳を他者に回向し、諸霊の成仏を願う。



光明供…聲明を唱え錫杖を振り光明真言の功徳で成仏を願う。



    





現代ではお金の問題などがあり、戒名なし、引導もなし、読経もなしという葬儀や供養が主流となっているようですが、十三仏が導いてくださるように、供養というのはとても大切なことであります。



葬儀や供養の心をおろそかにして、後になって祟っている、と妙なところでいわれない為にも(そのために葬儀供養以上の費用がかかる場合があります。ご用心。)、常日頃の供養をなおざりにせず、そして、亡くなられた方の33年間の供養の応援をするとともに、自分自身の「身口意の業(三悪童=貧瞋痴(トトンジンチ))」を懺悔浄化し、いま生かされているこの世にあって、より良く生きていく為の智慧と勇気を供養をする心から得て欲しいと願います。






合掌








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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【大日如来】

2009/12/25 08:12
なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【大日如来】


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十三仏の十二番目の仏様は大日如来です。

大日如来の名前は良く知られていますが、ではどういう仏様かというと、え〜と、となってしまいます。

大日如来は摩訶毘盧遮那如来(マハー バイロチャーナ)大きな太陽という意です。

大きな太陽である仏様ははるか彼方の手の届かないところにいらっしゃるのかというと、そうでなく、自分自身の内なるところに在るというのです。


『この世のもの全てのものは、あいよって、互いに因となり縁となって生滅流転していくという、縁起の理法そのものが大日如来であり、古人は流れる水のささやき、梢を吹く風の音、飛ぶ鳥の声、すべては大日如来の説法の声と表現しました。(引用)

あいよって、互いに因となり縁となって生滅流転していくという、縁起の理法が大日如来の宇宙の理法そのものであり、この世の森羅万象であり、私たち人間をも含めた宇宙そのものにほかならない。』


そして、森羅万象の中に生かされている私たち人間が持つ心は、『本来、清浄なもの』で、虚飾も汚れも濁りも垢もついていない心です。これを自性清浄心といいます。
『自性清浄心』、これ、すなわち大日如来です。

人間が本来持つ内なる清浄な心を素直な気持ちでとらえ得たときに、大日如来を自身のうちに見出すことができ、我が身大日如来と成ることができるのです。


死んだ後、十三仏によって、後生への螺旋階段を上っていくための修行(気づきと懺悔)をしながら、自性清浄心を再発見していいくのです。


見失ってしなった人間が持っている本来の輝き、自性清浄心。
これに気づいた時(「貧瞋痴(トンジンチ)」からの脱却)に大日如来と一体になる、ということになるのです。





私たちの心の姿を絵図であらわしているのが曼荼羅です。

胎蔵界の曼荼羅は大日如来が中心に坐し、理法がすみずみまでいきわたる様を描いています。
金剛界曼荼羅は理法が千変万化し、宇宙全体にはたらき出している様子が描かれています。

曼荼羅の解釈につきましてはこちらの本が読みやすいです。

画像



日本実業社出版。
寺林 俊著
『絵でわかるマンダラの読み方』





合掌









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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【阿閃如来】(其のニ)

2009/12/25 08:08
なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【阿閃如来】(其のニ)


阿しゅく如来様はお釈迦様や大日如来様、観音様やお地蔵様のように、誰でもが知っていて、有名な仏様ではありません。

どんな仏様だったかな、と思ってしまいます。

阿しゅく如来様はお釈迦様と兄弟で、阿しゅく如来様は長子(一番上)。
お釈迦様は末っ子であったといわれています。

兄弟の数は16人。
お父様の名は大通智勝如来。
子供たちはそれぞれに出家して、菩薩となり、それぞれが仏となって十方の国をつくり、今現在においても仏法をといているといわれています。(ここはイメージでとらえてください。)

阿しゅく如来様の修行でもっとも気をつけたことは、瞋(いか)りを鎮めるということに重点をおきました。

三悪道の貧瞋痴(とんじんち)のなかの瞋(じん)はとくに、我が身を忘れて狂うほどに
瞋(いか)ってしまうと、取り返しのつかないことになります。

瞋(いか)りをおさえるほど大変なことをありませんし、カアッとなって、いってしまったこと、やってしまったことは、後に気がついても引き返しようの無いことが起こり得るものです。

阿しゅく如来様はこの瞋(じん)の修行を消す修行を努力して行ない、アクサビア(阿閃(あしゅく))、つまり、瞋(いか)りなきものと、讃えられました。

瞋(いか)りを鎮めて仏(覚れる者)となった阿しゅく如来は、東の方に歓喜国をつくられました。それは西方の阿弥陀如来様がいらっしゃる極楽浄土とかわらず、美しい花、美しい鳥が飛び交い、美しく清らかな水が溢れ、澄み切った空、おだやかな人々、と仏典に描かれています。

人間社会で三悪(トンジンチ)にまみれ、人生の大きな妨げになって苦しんでいる人々が、
ひとつでも三悪(トンジンチのいずれか)を消して、真実の道を求める人に東方の歓喜国は用意されていると、言われています。

七回忌の阿しゅく如来様は、瞋(いか)りに苦しむ娑婆世界(現世=現実世界)に暮らす私たち人間に、七回忌の回向供養を通じて、瞋(いか)りのない理想世界を知らしめてくださっています。

人間は貧(むさぼ)りと、瞋(いか)りと、痴(おろか)さの中に生まれ、貧(むさぼ)りと、瞋(いか)りと、痴(おろか)さの中に生かされ(生き)、死出の旅路にたってから、
貧(むさぼ)りと、瞋(いか)りと、痴(おろか)さを取り除く修行の道を歩いて三十三年かけて、ようやく仏様の修行から天空(天界)の修行へと進みます。

天界ではさらに魂を研磨して、次に生まれ変わる準備の修行をいたします。


合掌




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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【阿閃如来】(其の一)

2009/12/25 08:07
なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【阿閃如来】(其の一)




「阿閃如来と光明皇后」


阿閃如来は三十三回忌の仏様のうち、11番目めに座しています。

奈良の大仏様が建立された時のお話から。

奈良の大仏様を建立された聖武天皇のお妃さまは、光明皇后と申します。

聖武天皇は仏法篤い信仰者でした。
そのお妃さまである光明皇后も夫君に負けてはいない仏法の信仰者でもありました。

光明皇后は自ら自身で一日、三人の垢を落としてあげようと、誓われ、だれかれの区別無く、お湯を沸かし、夫君の公務のたすけをしながら一日も欠かさず三人の人の垢を流してあげようと、されていました。

ある日、異臭を放ち黒々と垢がたまった上に、皮膚がただれて膿みもにじみ出ているものが、光明皇后のところへやってきました。

光明皇后は凄まじいばかりのその様相に一瞬、たじろぎましたが、誓いを破ってはならないと思い、湯浴みさせ、固まった垢をすべてきれいに取り除くように、ことさらに念入りに垢を落としてやりました。

湯浴みがすんで光明皇后は“私に垢を流してもらった、などといいふらしてはだめですよ。”と、すっかり垢の落ちたものにいいました。

すると、突然、そのものの身体が金色に輝き、なんともいえない厳かな声で、“なんじも、阿しゅく仏の垢を落としてやったなどと、人に話してはならぬぞよ。”
そういわれたかとおもうと、姿がみえなくなったということです。



阿しゅく仏は大通智勝如来の長子で、大通智勝如来には16人のお子がおり、16番目の末っ子がお釈迦様であります。



=続く=







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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【阿弥陀如来】(其の三)

2009/12/12 09:04
なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【阿弥陀如来】(其の三)




極楽浄土は西の彼方十万億土の遠いところにある、といわれています。

恵心僧都の言葉に「我が身即ち弥陀、弥陀即ち我が身、娑婆即ち極楽、極楽即ち娑婆」とあります。

遠い遠い極楽浄土も、一心に思って念じれば近い存在になる。
一心に阿弥陀仏を念じて弥陀の救いを信じる、こと。
信じて名号を唱えることが、唱えているいっときだけでも、人とのトラブルや嫌なこと、憎悪、憎愛、怨みつらみも思い起こすことなく、無我の境地となります。

この無我の境地状態になるときが、一瞬でも仏様と一体になり、苦しかった人間関係や憎しみや悲しみや辛さを忘れ、楽を感じる瞬間となりますから、これが極楽往生したことともいわれ、唯心の弥陀、己身の浄土ともよばれています。

死は早かれ遅かれ、誰にでも平等に訪れる。
人間は生まれた時から修行の旅が始まり、寿命(授命)の後に彼岸へ旅立つのが理想とされますが、まだ修行の途中で生命の元へ帰られた魂もあります。
それらの方々の魂の為に、念仏を唱え、修行の応援とし、極楽浄土にいくための助けとなるように、娑婆世界で一心専心追善供養を行なうのは、生きているものの勤めです。

死者の魂が極楽浄土に往生するように、無我の境地で念仏を唱える勤めをし、死者の魂はそれを受けてさらに修行に励みます。

告別式に初七日供養、三十五日供養、はたまた四十九日忌供養まで済ませたいと、娑婆に残された方々は現実面で物申しますが、死者の魂は三十三年間の修行を経て、ようやく別世界へいけるのです。

死者の魂が次の世界へ旅立てる応援をするのが追善供養でもあり、十三仏がそれぞれの使命で死者の魂を訓練し、指導して、三十三年間かかって次なる世界へと導き行くのです。



合掌








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なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【阿弥陀如来】(其のニ)

2009/12/11 12:14
なぜ、三十三回忌まで十三仏なのか。【阿弥陀如来】(其のニ)





観経文(かんぎょうもん)
光明遍照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨
(こうみょうへんじょう じゅうぽうせかい ねんぶつしゅじょう せっしゅふしゃ)
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏…十念。

「光明は遍(あまね)く十方世界を照らし、念仏の衆生を摂取して捨てたまわず。」


阿弥陀というお名前(名号)は梵語では、無量光、無量寿という意味があります。
無量寿ははかりしれないいのちの仏の意であり、無量光は仏の身体からでる無量の光の意です。
無量は空間的に限られていないことの意ですから、限りがない。無限。数えられない。はかることのできない。(仏の徳が)限りなく多いこと。このような意味があります。


「光明遍照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨」
阿弥陀仏(無量光、無量寿)の徳は、初めもなくおわりもなく無限に働くはかりしれないいのちの仏であり、かぎりなくはてしなく無限にどこにもさえぎるものもなく、遍く、ことごとく照らす光明であり、ます。
その光明はあらゆる衆生が至心(真心込めて)に極楽浄土に生まれたいと仏を念ずるなら(念仏)必ず摂取(おさめと)り、捨てたまわず。


これらをとなえるときには、かぎりない光明の広がりをイメージしてみてください。
言葉や理屈を考えるより、阿弥陀如来様のお体からでる光が、かぎりなくはてしなく無限にどこにもさえぎるものもなく、遍く、ことごとく照らすことをイメージします。

光をイメージしながら南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ)ととなえます。

経本には十念と書かれています。
十念は南無阿弥陀仏を十回念じる(唱える)ことです。

=続く=





合掌




【十三仏】

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阿弥陀如来 三回忌(3年目・2年後)
阿閦(しゅく)如来  七回忌(7年目・6年後)
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栃木県日光市瀬尾3228
電話 0288−21−7338
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